159.貸し借り

風呂から上がり、ベッドに入ってひと息つくと、胸元に掌が滑り込んできた。
それを自分の掌で押さえたイチジョウは、自分の置かれている状況を細大漏らさずササハラに説明した。

「…その連中…そんなに手強いんですか」
話を聞き終えたササハラは、そう言って唸った。
自らの右腕を枕に、左手はイチジョウの胸板に触れたままで、眉間に深い皺を刻んでいる。
「腕はわかりません。クラスもわかりませんし、人数も…。わからないことばかりで、下手に動けないんです」
「クラスも定かではないんですか」
「見た目は忍者のようですが、正確にはなんとも。何せ、この国とは全く違う文化に育った武術家達ですから」
「…ふぅむ」
ササハラは唇を噛み、視線を巡らせた。
「猶予は三ヶ月でしたか」
「そうです」
「…長いようで短い。私の方でも知己を辿って対応手段を探します。諦めないでください」
「すみません。お願いします」
「謝られることはない。私が貴方を手放したくないだけです」
ササハラは一度身体を起こすと、仰向けに寝るイチジョウの両肩を抱きすくめるようにして口づけた。
*
硬いノック音がしたので、トキオは脱ぎかけたタンクトップの裾を戻してドアを開けた。
「あ…、なんだ?」
トキオは頬を緩めたが、
「…君、今戻ったのか?」
ティーカップは眉をしかめた。
「ああ」
トキオが頷くと、ティーカップは呆れたように鼻で小さく溜息をついた。
「…あの…なんだよ?」
控えめにもう一度尋ねると、
「これだ」
ティーカップは、トキオに大きめの袋を押し付けた。

「??なんだ?」
「服だ」
「服?あ、貸したやつか?」
「あれは貰うと言ったろう、それは替わりだ」
「…え…わざわざ買ってきてくれたのか?」
トキオが顔を上げると、ティーカップはいかにも不愉快だという顔をした。
「借りを作りたくないだけだ」
「俺は別に、貸しなんて…」
「返したぞ」
袋を指差して言うと、ティーカップは自分の部屋へ戻ろうとした。
「あっ、おい、あの」
トキオは慌てて声をかけた。
「なんだ」
ティーカップが、怪訝な顔をして振り向く。
「おやすみ」
トキオが言うと、ティーカップの顔はフッと弛緩した。
「…おやすみ」
応えたティーカップが部屋に入ったのを確認して、トキオは自室のドアを閉めた。

-おやすみっつう時には笑顔になるんだよなー。
トキオはニヤけながらベッドに腰掛けた。
あの服は譲りたいから譲っただけで、貸し借りなどと考えてほしくはなかったのだが、ティーカップが自分のために服を買ってきてくれたということは単純に嬉しい。
袋を膝に置いて、開いてみる。
-さーて、どんな服だ?
一番上に乗っていたのは、明るい茶系のアースカラーのカーゴ風パンツだ。
トキオは袋を横に置くと、取り出したパンツをじっと観察した。
-やったのよりずっと高いやつじゃねえか。なんか悪ぃな…
ひとまずパンツを横に置いて、トキオはもう一度袋を覗き込んだ。
黒いシャツが入っている。
上下とも、譲った服に似たものを買ってきてくれたのだろうか-などと思いながら取り出したトキオの口から、
「うへぇ」
と、おかしな声が漏れた。
黒は黒なのだが、生地一面に細かいラメが入っているのだ。

自分の趣味だけで選んだのか?
俺に似合うと思って買ってきたのか?
それとも…嫌がらせなのか…?

選んだ動機は不明だが…いずれにせよ好きな男に贈られたものである。
-着るべきだよな。
トキオはゆっくりと唇を舐めた。

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