159.5.ネジ

午前1時を過ぎてからのノックに首を捻りながら、キャドはドアを開けた。
「ハーイ!夜分に失礼しまーす。うちのお姫様が、こちらでお世話になってませんか?」
能天気な笑顔で立っていたのは、ヒメマルだ。
「ああ、いるぜ。俺が世話してるわけじゃないけどな」
キャドは笑って、ヒメマルを招き入れた。

部屋に入ると、ベッドルームから聞き覚えのある嬌声が飛び込んできた。
「昨日さんざん俺とやりまくったクセに、いい声で鳴きっぱなしだぜ。お前、満足させてねえんだろ?」
言いながら、キャドは煙草に火をつけた。
「あ~、残念ながらそうみたいだね」
ヒメマルは、あっけらかんとした顔で肩をすくめる。
キャドは思わず苦笑した。
「寛容だってのは本当らしいな」
「寛容…?寛容かぁ。ちょっと違うかなぁ」
ヒメマルは芝居がかった動きでかぶっていた羽根つき帽子を取ると、胸に押しあてた。
「俺は、ベルが気持ち良ければそれでいいんだよね。俺が与えられない快感を他の誰かが与えてくれるんなら、それは結構なことだと思うわけ」
キャドは半ば呆れ、半ば感心しながらヒメマルを見つめた。
「やっぱりお前、どこか…普通じゃねえな」
その言葉を聞いたヒメマルは、両腕を大きく広げると、目と口を三日月のように歪めて、道化のように高笑いした。

「いかれてるのは生まれつきだよ、あんたほどルナティックじゃないけどな!」

失笑してもいいような芝居がかった台詞だったが、文字通りの狂気をはらんだその表情に、悪寒が走るのが先だった。
「…ハッ」
キャドはなんとか軽くあしらうように笑うと、空いた手でゆっくりと自分の首筋をなぞった。
-気色の悪い顔しやがって…ネジのハズれたヒューマンってのは、下手なモンスターよりタチが悪いな。
苦々しいキャドの視線を全く気に止めず、ヒメマルは手にした帽子をくるりと回してかぶり直した。
「だってさぁ、キャドさんだってベルのこと好きだったんでしょ。フラれたからって他の男に抱かせちゃうなんて、信じられな~い。普通の人そんなことしないよ~」
ヒメマルの愛想たっぷりの笑顔を見て、キャドは頭を振った。
-…嫉妬で、実際よりおかしく見えてるのかも知れねえな。
キャドは自嘲気味に小さく笑うと、煙を吐いた。
「さ~て。どのくらいの時間、楽しんでるのかな?」
ヒメマルは、ベッドルームの入り口に目をやった。
キャドが時計を見る。
「…3時間になるな」
「じゃ、もう充分だね」
ヒメマルは、ベッドルームへすたすたと歩いて行った。

「…ん、なんだお前?」
テーブルで酒を飲んでいた男の1人が、ヒメマルを見て怪訝な顔をした。
「エッチな恋人を迎えにあがりました」
ヒメマルは帽子を胸にあてて、深々と頭を下げた。
ベルは膝下までの黒い靴下だけを身に付け、ベッドの上で四つんばいになって、後ろから男を受け入れている。
「ベル」
ヒメマルの呼びかけに、喉から甘えるような喘ぎ声を上げながら、ブルーベルは揺れる頭をゆっくりと起こした。
「その人が終わったら帰るよ。いいね」
ヒメマルは、虚ろな目をしてだらしなく涎を流している恋人に、優しく語りかけた。
「ね、そろそろいいでしょ?」
振り向いて、テーブルの男達にも笑顔をふりまく。
男達は顔を見合わせて肩をすくめた後、「ああ」と頷いた。

ヒメマルは、突かれる度に上がるブルーベルの声と接合部の濡れた音をBGMに、絨毯の上に散らばっている服を集めはじめた。
ブルーベルの手袋の上に、気を失った見知らぬエルフの青年が横たわっている。
「失礼」
弛緩している身体を転がして手袋を拾い、ベッドの下を覗いてみる。
そこに自分が贈った指輪を見つけた時、ブルーベルを犯していた男が動きを止めた。
「終わった?」
ヒメマルの問いに答えるように、男がベルの中から太い肉塊を引き抜いた。
大きく口を開けた孔からローションと白い液体が混じったものが流れ出し、ゆっくりと太腿へ伝い落ちていく。
ブルーベルは、糸が切れたようにベッドにへたりこんだ。
「さあ、帰ろうね」
ヒメマルは服を入れたザックを担ぎ、ブルーベルの身体を自分のマントでくるんで抱き上げた。

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