352.バード

「おかえり~!おつかれさま~」
今日もきっちり鎧で身を固めて、ヒメマルは酒場の前までブルーベルを迎えに来た。
「ほんとにずっと、そのカッコで迎えに来んの?」
「来るよ~」
ヒメマルがブルーベルの腰に腕を回す。二人は宿に向かって歩き始めた。

「ね、ベルは、ビショップのヘスさんと組んだことあるんだよね?」
「うん、何回もある」
「親しいの?」
「うぅん。あの人あんまり喋らないから。親しいっていうわけじゃないな」
「そっかあ。今日ね、ヘスさんと色々話したんだよ~」
「なに、どんなこと?」
「えっとねえ、…あー、何から話そうかなあ」
「なんでもいいから早く言えよ、気になるだろ」
ブルーベルが肘で、ヒメマルのわき腹を小突く。
「じゃ、まずはね。ヘスさんは、カイルのお兄さんだったよ」
「えっ、そうなんだ!?」
「お母さんが違うんだって」
「へえぇ…。あっ、じゃあ、バベルの血が入ってるんだ」
「うん。もともとこの街には、バベルさんに会うために来たんだって」
「そういえば、不思議な感じの人だもんな。男か女かも、よくわかんないし」
「それね、俺も気になったから、聞いちゃったよ。どっちでもあるし、どっちでもないって」
「え、両性っていうやつ?」
「うん、もともとお母さんがそういう種族のひとなんだって」
「種族って、えっ。種族みんなが両性?」
「そうみたいだよ」
「エルフだと思ってたけど、違うのかな…。あぁすごいな、羨ましい。いいな」
ブルーベルは両手を頬に当てた。
「…気持ち良さそうだから?」
「当たり前だろ」
「そうだよね…」
予想通りの答えに、ヒメマルは頷いた。

「でね、ヘスさんは、俺やベルのこと、バベルさんから色々聞いてたみたい」
「そうなんだ」
「ヘスさん、ベルのこと可愛いって言ってたよ」
「…」
ブルーベルは軽く親指の爪を噛んで、ヒメマルを見上げた。
「両性の人とするのって、どんな感じかな」
「またすぐそんなこと考える~」
「だって、色んなこと出来そうだし」
「もう~」
困ったようなヒメマルに、ブルーベルは、つんと唇を尖らせてみせる。
「それでね、一番の本題」
「なに」
「俺が歌ったりリュート弾いたりするってこと、ヘスさんが知ってね。本格的に勉強してみないかって言われたんだ」
「音楽を?」
「うん。音楽は音楽でも、戦闘に使えるような音楽をやってみないかって」
「えっ、」
ブルーベルは目を輝かせた。

「それってバードじゃないの!?ほんとに!?ヘスはそういう演奏出来るのか!?楽器弾いてるのなんて見たことないけど」
「あのね、教えてくれって言われるのが面倒だから、普段は楽器使わないんだって」
「…そういうところ、バベルっぽい感じだな」
「そうだね…」
「なんでヒメには教えてくれるって言い出したの」
「いいリュートが一本余ってて、誰かにあげたかったんだって」
「もらったのか」
「うん。一応、練習用に借りるって感じなんだけどね。見込みがなかったら返してもらうって言われちゃった」
「そりゃそうだろな」
「これから、ベルを待ってる間はリュートの練習するよ~」
「なっ、なっ、バードって、演奏とか歌で相手を眠らせたり、混乱させたり出来るんだろ?本ではそんなこと書いてあった」
明らかに興奮しているブルーベルに目を細めながら、ヒメマルは答える。

「うん。極めたら、魔法みたいに火や風を使ったりも出来るって言ってたよ」
「すっごいよな、ヒメそんなこと出来るようになるのか」
ブルーベルはヒメマルの腕に絡みつくようにして言う。
「そこまでいくのに何年かかるかわからないけどね~、頑張ってみるよ」
「それって、ヘスがずっと教えてくれるのか?」
「うん、この街にいるうちはずっと教えてくれるって」
「タダで?」
「えっと…一応、授業料は払うことになってるけど、ある程度身につくまでは、いいって」
「なんか随分、気前いいな」
「俺のこと、気に入ってくれたみたいだよ~」
「ふぅん…」
「あっ、やきもち?やきもち?」
「全然」
「ちぇ~」

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