346.死神
朝、酒場に一番乗りしてからずっと考え事をしていたイチジョウは、すぐ横の椅子が引かれる気配に顔を上げた。「おはよう。思案顔だな」
「あ、ええ。はい」
隣に座ったティーカップに言われて、イチジョウは笑った。
「また厄介事か?」
「いえ、それほどのことじゃありません」
言いながら、イチジョウは周囲を見回した。
「トキオ君は?」
「もう来るだろう…あぁ、来たな」
イチジョウが酒場の入り口を見ると、トキオとクロックハンド、ヒメマルとブルーベル、つまり残りの全員が入ってくるところだった。
テーブルにメンバーが揃ったところで、イチジョウが切り出した。
「昨日、死神のような不気味な人に会ったんです。皆さんは、見たことありませんか?」
皆、怪訝な顔をしてお互いを見た。
「死神みたいて、具体的にはどんな見た目?」
クロックハンドが訊く。
「真っ黒なフードつきのローブを目深にかぶっていて、肌が…そうですね、地下で見るアンデッドモンスターのように白くて。口の中が、真っ赤なんです」
イチジョウの説明に、トキオは眉を顰めた。
「そりゃ気持ち悪ぃなぁ」
「見たことないなー」
クロックハンドが首を捻る。
「俺も、ないな」
そう言ったブルーベルは、自分の知識の中を検索するように、じっと考えている。
「その人物に、何かされたのか」
ティーカップが訊くと、
「何をされた、というわけではないんですが…、」
イチジョウは思い起こして、頷いた。
「…うん。笑いかけられました。明らかに、私を見て、笑ったと思います」
「なんかやだなぁ、それ」
ヒメマルが肩をすくめ、自身の両腕を抱えるようにして言った。
「そうなんですよ。死の宣告を受けたようで、気持ち悪くて」
イチジョウが渋い顔になる。
「悪趣味な悪戯じゃないのか?」
ティーカップが言う。
「それはあるかもね~。潜ってる連中はみんな命がけだもん、死神っぽい人なんか見たら、誰でもぎょっとするし」
ヒメマルの言葉に、皆、頷く。
「今度見たら、捕まえてみるといい」
「そうですね」
ティーカップに言われて、イチジョウは笑った。
「せやけど、捕まえにいって、フッって消えられたらいややなぁ」
クロックハンドが余計なことを言う。
「その演出はマロールで出来るだろう」
「あ、そっか」
ティーカップの指摘に、クロックハンドと一緒にトキオが頷いた。
「ま、よしんば死神とだしても。今まで以上に慎重に探索するだけですよ」
イチジョウは、笑みを含んだ顔で言った。
「潜るの、怖くない?」
ヒメマルが訊く。
「いやぁ~、本当に死神に気に入られたんなら、どこにいても一緒だと思うんです」
「それもそやなあ」
頷いたクロックハンドは、ふと思い出すように言った。
「よう考えたら、ミカヅキなんか灰にまでなったけど、死神見たなんて言うてなかったな」
「俺も見てないよ。いるなら見てみたかった」
ブルーベルが言う。
「でもさ、ミカヅキもベルも、蘇生に成功してるよね」
ヒメマルが付け加える。
「…となると、蘇生も失敗して、完全に消滅してしまう人だけが、死神を見るんですかね?」
イチジョウの一言で、空気が止まった。
「黙らないでくださいよ、怖くなるじゃありませんか!!」
「ごめ~ん、だって、ほんとにそうかもって思っちゃったよ~」
ヒメマルが更に駄目押しするようなことを言う。
「いや、でもよ。マジで死神がいるってんなら、もうちょっと、噂とか聞いたことあってもおかしくないんじゃねえかな」
トキオが言うと、ブルーベルが深く頷いた。
「それもそうだ。話題になるはずだよ」
「そうです、だからあれはきっと、ただの気持ち悪い人なんです」
イチジョウは腕を組んで、自分に言い聞かせるように言った。