347.バランス
迷宮入り口まで来ると、「さて」
イチジョウは、すらりとムラマサを抜き放って、
「行きましょうか」
いつものように笑顔で言った。
「…大丈夫か?」
トキオが確認する。
「死神のことなら、大丈夫ですよ」
イチジョウは朗らかに笑って手を振った。
「言ったでしょう、探索の時は他の事を考えません」
「そっか。そうだっけな」
「見習いたまえ」
トキオの耳元で、ティーカップが言った。
*
一戦、二戦と問題なくこなして、パーティはキャンプを張った。「今のところ、特に危ないってことはないね~」
ヒメマルがイチジョウの隣に腰を下ろす。
「油断こそが死神、というところですか。いつも通りですね」
イチジョウはあぐらをかき、ムラマサを眺めた。
戦闘中にクロックハンドが麻痺したので、イチジョウも一度前衛に出て刀を振るったのだが、仄かな光を放つ刀身には、一点の曇りもない。
「それは楽でいいな」
カシナートの刃を拭きながら、ティーカップが言う。イチジョウは笑いを返した。
「そういえば、カシナートに宝石をつけるという計画は、どうなりましたか?」
「店には行ってみたんだが、何週間か預かることになるかも知れないと言われたから、やめておいた」
ティーカップは不満そうに、飾り気のない柄を見た。
「名剣のバランスを崩さないように装飾するのは、難しいのかも知れませんね」
「まさにそういうことを言ってたな。刀身だけでなく、柄の重さや握り手の形といった部分全てのバランスが、名剣を名剣たらしめているそうだ」
ティーカップはカシナートをひと振りして、鞘におさめた。
「時間が出来たら頼んでみる」
ティーカップを眺めていたクロックハンドが、ヒメマルの方を向いた。
「ヒメちゃんは、剣とか鎧いじらへんの?」
「ん~」
ヒメマルは自分の装備を眺めた。
「まだ早いかな~」
「あー、聖なる鎧が手に入ってからやわな」
「…え?あっ、うんうん。そうだね~」
「ヒメちゃんらしい、奇抜なアレンジ期待してるで」
言われたヒメマルは、にっと笑った。
「その期待にはお応え出来ると思うよ」
「金ないくせに」
横に座っていたブルーベルが、ぼそりと言った。
「あぁ~忘れてた~」
「じゃ、頑張って稼ぐとしましょう」
イチジョウが笑って立ち上がった。
*
その後も探索は終始安定していて、何の問題も起きなかった。「やっぱり、杞憂でしたかね」
夕食の席でイチジョウがそう言うまで、全員、死神の話を忘れていたぐらいだ。
「でも、この後また、指輪取りに行くんだろ?」
トキオが言う。
「ですね。気は抜かないようにします」
イチジョウは頷いた。
「…ベルも、やっぱ夜はパーティ組んで潜るか?」
トキオに訊かれて、スパゲティを食べていたブルーベルが、顔を上げる。
「うん。なんで?」
「…ん、俺も、一緒に行ってみようかなーと思って」
ティーカップが、食事の手を止めてトキオを見た。
「それは、…俺は助かるけど」
ブルーベルはティーカップの表情を窺った。
横からトキオを見るティーカップの眉間が寄っていて、『そんな話は聞いていない』と言っている。
「たまに他の連中と潜んのは、勉強になるかなと思って」
トキオがティーカップの方を向いて、説明するように言った。
ティーカップは、鼻で軽い息をつくと、
「好きにしたまえ」
止めていたナイフを動かしはじめた。