348.心配

夕食後、二人で掲示板の前に向かう途中で、ブルーベルが言った。
「ほんとの理由は?」
「え」
「夜はもう潜る気なさそうだったのに」
「あ…うん」
トキオは唇を舐めた。
「理由は、さっき言った通りだよ。勉強になると思って」
「じゃ、急に勉強したくなった理由」
ブルーベルは猫のような貌で、トキオを見上げている。
「…んー」
トキオは少し頬を染めて、頭を掻いた。
「ここんとこ、やっぱ俺って年下なんだなーと思うこと多くってさ」
以前は、マイペースで自分勝手な子供っぽい面ばかりが目に付いていたが、近頃では、ふとした時に見せるティーカップの仕草や言葉に、重ねた年月相応の経験や余裕を感じることがある。
ベッドではそれが顕著で - 昨晩は結局、リードされるままにトキオは一人で達してしまった。

「何やっても、年の差が完全に埋まることはねえと思うんだけど、ちょっとでも色んな経験して、間を縮めたいっつか、つりあいとれるようになりたいっつか」
すっきりした頭で、横になってから眠るまでの間に考えたことだ。
「…そう」
ブルーベルは笑いを浮かべた。
「あと、出来るだけ体力使って帰りたいし」
トキオは小声で付け足した。
ブルーベルはほんの少し驚いたような顔をしたが、そこには触れずに話を続けた。
「ティーは、ちょっと怒ってたな」
「先に言っとかなかったのは、まずかったかな…」
「それもあるだろうけど。多分、心配してるんだよ」
ブルーベルが口元を綻ばせる。
「あー、うん…。俺は防御下手だし、罠の解除もまだまだだからなあ。でも、そのへん磨く為にも、他のパーティに参加して、数こなすのが一番いいと思うんだよ」
「…」
笑顔だったブルーベルが、疑問を乗せた表情で小さく首を傾げるのを見て、トキオは目をしばたかせた。
「ちょっと、こっち来て」
ブルーベルはトキオの腕を掴んで引っ張り、店の端へ移動した。

「あんた、ティーが何を一番心配してるか、ちゃんとわかってるか?"一番"心配なことだぞ」
ブルーベルは少し眉を寄せて、念を押すような訊き方をした。
「え?…えーと、だから」
トキオは指折りしながら答えはじめた。
「心配されそうなのは、防御下手なことと、罠の解除が下手なことと、…あ、あと、体力を過信すんなって言ってたから、それは気をつけようと思ってる。…こんぐらいかな。この中で一番っつうと」
「やっぱわかってない」
「え?」
ブルーベルに言われて、トキオは顔を上げた。
「防御とか罠の解除のことも、そんなの全部ひっくるめて」
ブルーベルは腕を組んだ。
「ティーは、あんたが自分のいない所で命のやりとりすること自体を一番心配してるんだよ」
ブルーベルの言葉を理解するのに数秒を要してから、トキオは口を開いた。
「あ、そういうことか」
「そうそう」
「俺が他のパーティで灰になったら、蘇生役すんのは絶対嫌だって言ってたもんなぁ。化けて出そうだとか言って」
「うわ」
ブルーベルは小さく呟いて、トキオを呆然と見上げた。

「…な、なに」
「ティーに、別れたほうがいいって言ってくる」
「へ!?」
「あんた鈍すぎるもん、ティーの恋人向いてない」
「いや、鈍いって確かによく言われるけど」
トキオは少し考えた。
「俺今、なんか変なこと言ったか?」
ブルーベルが首を振る。
「わかんないなら、いい」
「待て、待って、説明してくれ、頼む」
トキオはブルーベルの両肩を掴んだ。
「ほんとに説明しないとわかんないのかよ」
「うん」
真顔で頷くトキオを見て、ブルーベルは溜息をついた。

「だから、何が下手だとか、蘇生役になるのが嫌とか、そんなことじゃなくて」
ブルーベルはトキオを指差した。
「あんたが怪我したり、危ない目にあったりしないか、それ自体を心配してる、って言ってんだよ」
「…」
トキオは、わかったようなわからないような顔をしている。
「だめだ、場所変えてゆっくり話そう」
ブルーベルはまた、トキオの腕を引っ張った。

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