349.贅沢

酒場から外に出て見回すと、少し離れたところに空いているベンチがあった。
ブルーベルはトキオの手を引いて大股で歩き、そのベンチに腰を下ろした。トキオも横に座る。

「えっと、俺がケガすんのを、ティーカップが心配してるって?」
「そう」
「なんで?」
トキオは、素朴な声で言った。
「なんでって…」
「だって、ケガぐらいどうってことねえだろ。呪文ですぐ治るし」
「ティーが怪我してもそう思うのか?」
「…いや…」
「すぐ治るっていったって、痛い思いはしてほしくないだろ?ティーだってそう思ってるよ」
「…。んでも、俺の場合さ、大体罠の失敗とか防御の失敗でケガするんだよ。そんなのは自業自得ってか、自己責任ってか、俺が抜けてんのが悪いんだからさ。心配なんかしねえと思うけどなあ」
「あんた、ティーが攻撃を避けそこなって怪我した場合は、自業自得だからどうでもいいと思うのか?」
「…いや…」
「だろ?」
ブルーベルは溜息をついた。
「自分は心配するくせに、ティーが同じように心配するとは思わないのかよ」
「う…ん」
トキオが頭を掻く。
「俺とあいつの感覚とか考え方って、かなり違うみたいだからよ。自分がそうだからあいつもそうだろ、って風には、全然考えられないっつか…」
「そりゃ違うところは多いだろうけど」
ブルーベルは右膝を立てて、両手で抱えた。
「恋人が傷つくのは誰だって嫌に決まってるだろ」

「…」
口を半開きにしたまま、トキオの表情が固まった。
「なんでびっくりしてんの」
「あ、いや、…」
トキオは赤くなって、俯いた。
「…恋人…、かー…。んー…。…そっかな…。そういう心配、してくれてんのかなー…」
小さく呟きながら、ベンチの下で足をぶらぶらさせる。
「してるよ」
ブルーベルがすぱっと言った。
「…な、ベルは、なんでそんなにハッキリ言い切れるんだ?あいつがなんか、そういうこと言ってたのか?」
「何も言ってないけどさ。…」
ブルーベルは少しためらってから、諦めたように続けた。
「リーダーが罠を爆発させた時なんか、ティー、めちゃくちゃ心配そうな顔してんだもん。ほんの一瞬だけど」
「…呆れてるとか、怒ってるとかじゃ、ねえの?」
「全然違う。トキオは無事か、大丈夫か、って顔だよ」
「…マジで?」
じわっと嬉しさがこみ上げてきて、トキオは頬を押さえた。
*
「こいつはEの侍のアーチ、今日ヒマだから手伝ってくれるってんで、連れて来た。侍呪文だけ全部マスターだ」
「よろしくー!」
地下への入り口の前でダブルに紹介された侍は、ライジャと同じぐらいの年齢で、焦げ茶色の短い髪に、明るい灰色の目が印象的な青年だ。
「よろしくお願いします。でも、報酬は一切ないんですが…、本当にいいんですか?」
イチジョウが確認すると、
「OK、OK」
アーチは屈託のない笑顔で答えた。
「アーチもこの街出身でな、ライジャの幼馴染なんだ」
ダブルが言うと、今日も覆面をすっぽりと被っているライジャが、僅かに頷いた。
「こいつ無口でしょ、愛想なくてすんませんねっ。役に立ってますかね?」
笑顔のままで、アーチがライジャの肩をぱんぱん叩く。
「いい仕事してくださって、助かってますよ」
つられて笑いながら、イチジョウが言う。
イチジョウの横にいたオスカーは、何かに気付いたような顔で、ちらりとダブルを見た。ダブルが軽く目で頷き返す。

「えーっと、イチジョウさんと俺とライジャが前でいいのかな?」
アーチがダブルに確認する。
「そうだな、オスカーは全部呪文使えるし、後衛に回ってもらうか」
「わかりました」
オスカーが親指を立てる。
「なんだか随分と、贅沢な構成のパーティになりましたね…」
ビショップを一人入れれば、このまま十階に行けそうだ。こんなメンツに手伝ってもらうのに、戦利品は全て自分一人のものになる。イチジョウは妙な気分になった。
「来たい奴が勝手に来てんだから、なんも気にするこたぁねえよ」
ダブルがカラカラと笑った。
「そうそう、ちゃちゃっと行っちゃいましょ!」
軽い足取りで地下への階段を下り始めたアーチの後に、四人が続いた。

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