345.裸

ルームサービスの夕食を摂って、シャワーを浴びた後、トキオはまた本を開いた。
最後の一冊を、もう少しで読み終わる。時計に目をやると、午後8時を少し過ぎたところだ。
-メシ食ってくるなら、まだ帰ってこねえかなー。
ペンを手にした時、ドアの鍵が音を立てた。
トキオがペンを置いて立ち上がる前に、ドアが開いて、
「ただいま」
ティーカップが入ってきた。
「あ、おかえり、結構早かったな」
「そうか?」
ティーカップは荷物を置くと、流れるようにマントを脱ぎ、大きなピアスをはずして、リボンタイをほどいた。
「ネックレスは?」
「ああ、ちゃんと治ってた。ドワーフは気に食わないが、腕だけは確かだな」
ティーカップは服を全て脱ぎ捨てると、
「後でつけて見せる」
バスルームへ入っていった。
-早く読み終わっちまお。
トキオは本に集中した。元々、本を読む方ではないのだが、興味のある内容なら、要所を書き出してまとめるのは結構面白いものだった。読み進めながら黙々とペンを動かしていると、あっという間に時間が経つ。


「トキオ」
呼ばれて、トキオは顔を上げた。
「どうだ?」
例のネックレスをつけて、片手で柱に軽くもたれて立っている風呂上りのティーカップは、全裸だった。
「あのな、…服、…」
目を逸らしかけて、トキオはティーカップを改めて見つめた。
「…うん。いいな」
裸に装飾品だけ、という姿なのに、自然だ。トキオはゆっくりと瞼で頷いた。
「似合う」
ティーカップが上機嫌の笑みを見せる。
「だろう?華美になりすぎず、人物を引き立て、かつ、存在感を示せる装飾品というのはなかなかないものだ」
「うん」
トキオはまた頷いた。本当にいいネックレスだと思う。
ティーカップは裸のままトキオの横を通って、ベッドに寝転がった。
「風邪ひくぞ」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだよ」
トキオは本を置き、テーブルのランプを消して立ち上がった。

ベッドに仰向けに寝て足を組んだティーカップは、右腕を頭の後ろへ回し、左手でネックレスを弄っている。
枕元の、仄かなランプの光で照らされた姿が妙に幻想的で、
-…エルフって、人間より、妖精とか悪魔に近いんじゃねえかなぁ…
トキオはぼんやりと、そんなことを考えた。
「君も、もう寝るのか?」
ティーカップに訊かれて、トキオは頷いた。
ベッドに腰をかけて、改めてティーカップを眺める。
表情は笑っているのに、返してくる視線が強い。テンションが高い時に、ティーカップはこういう目つきになる。
「…お前のさ」
「うん?」
「そういう、自信たっぷりな顔、好きだ」
ティーカップの両の口端が、満足気に上がった。
「でもなー」
トキオは足元に固まっていたブランケットを引っ張り上げ、ティーカップの腹まで覆った。

「なんもすんなって言うクセに、素っ裸で寝っ転がるのは反則だろ」
トキオはそのまま、ティーカップの首の後ろに手を回した。
「これはずすぞ。パジャマ着ろよ」
「まだいいだろう、寝る時にはずす」
「パジャマとかブランケットにひっかけて壊したらどうすんだよ」
「パジャマも寝る時に着る」
「今着てくれなきゃ俺が落ち着かねえんだって」
「なら僕が眠くなるまで本でも読んでいたまえ」
「お前なぁ」
「なんだ」
ティーカップは憮然としている。
「…わかったよ」
トキオは派手な溜息をついて、パジャマの上着を脱ぎ始めた。
「なんで君が脱ぐ」
「袖とかひっかけそうで怖ぇんだよ」
トキオはティーカップの隣に寝転がって、自分も腰までブランケットをかぶった。

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