344.小瓶
日が落ちてからバーネット邸を訪れたクロックハンドとミカヅキは、クロックハンドが食事中に"眠ってしまった"ことの謝罪を、ほんの十分ほどで終わらせた。「こちらの意図は伝わったようですね」
邸をかなり離れてから、クロックハンドが言った。
「ですね。諦めてくれることを祈ります」
半歩下がって横を歩いているミカヅキが言う。
バーネットには、ミカヅキは友人であり、従者であり、用心棒である、魔法を使える忍者だと紹介した。厄介な人間が側で見張っている、手を出すと面倒なことになる、ということを、あえてわざとらしくアピールしてみたわけだ。
「これでもまだ何かしてくるほど執着が強いとは思えませんが、一応父にも、この件について話はしておきます」
「そうなさるのが宜しいかと」
二人はそのまま、酒場へと入った。
「うーん、どうしようかな…」
「案外いないもんだねえ」
酒場のテーブルで、ブルーベルとヒメマルが小瓶を眺めて唸っていると、視界の端に人影が入った。
「相席宜しいでしょうか」
「どうぞ~」
酒場の相席などよくあることで、ブルーベルとヒメマルは相手を確認しないまま小瓶とにらめっこを続けていた。
「どうなさったんですか」
声をかけられて顔を上げたヒメマルが、
「あれ、あっ、なんだあ」
やっと相手がクロックハンドとミカヅキだと気付いた。
「ミカヅキ、仲悪い人達知らない?」
「え?」
ブルーベルにいきなり言われて、ミカヅキはきょとんとしている。
「実はさ」
ヒメマルが、小瓶を渡された経緯とその効果、探している人材の説明を簡単に済ませた。
「でも、お互い嫌いあってるような人達って、いるようでいなくってね~」
「いますよ」
あっさりとミカヅキが答えると、
「いる!?」
ブルーベルとヒメマルが同時に言った。
「ビショップ仲間に、犬猿の仲というレベルを越えてる二人がいます」
「ケンカするほど仲がいい、とかいうのじゃない?」
ヒメマルが念をおす。
「いえ、完全に険悪です」
「飲ませられるかな!?」
ブルーベルはミカヅキに向かって両手で小瓶を捧げるように持ち上げた。
「無味無臭ですか?」
「うん」
「なら、会合の時に出る飲み物に混ぜられると思います」
「やった、お願いしていいかな」
ブルーベルは目を輝かせている。飲まされる人物達の都合は全く考えていないらしい。
「やってみましょう」
ミカヅキはブルーベルの手から、そっと小瓶を受け取った。
「ありがと!どんな風になったか、後で教えて」
「もちろん」
「あの、でも、大丈夫?」
ヒメマルが口を挟んだ。
「その人達に家庭があったり、好きな人とか、恋人とかいないのかな?」
「二人とも一人身で、浮いた話は全く聞いたことがありません。学問一筋の堅物ですよ」
「そっか…、でも…いいのかなあ~」
「いいじゃん」
ブルーベルは小さく言って、ツンと口を尖らせた。
「いいんです」
ミカヅキは小瓶を丁寧に内ポケットにしまいこんだ。
「二人が手を組めば、偉大な発見や発明に繋がるんじゃないか、というのは前々から仲間内で言われてるんです。彼らが仲良くなることは、世の為、人の為にも有益です。飲んでもらいます」
すました顔でもっともらしいことを言って、ミカヅキはブルーベルと、薬の用量や効果時間について話しはじめた。
-こういうのって、EとかGとかじゃなくて、研究大好きな人独特の感覚っぽいなあ~
そんなことを思いながら、ヒメマルはクロックハンドを見た。こういう話には積極的に参加してきそうなクロックハンドが、おとなしくアボガドサラダを齧っている。
「クロック、今日も仕事してきたの?」
クロックハンドはフォークを下ろし、胸元からハンカチを取り出して口元を拭くと、
「はい」
爽やかな笑顔で返した。
「もしかしてミカヅキも一緒に?」
「そうです」
「だからなんか丁寧なのかあ。お仕事スタイルってやつだね」
「…着替えてから食事に来れば良かったと、後悔しています」
上品な笑顔で言ったクロックハンドの口が、アヒルっぽくなりかけているのを見て、
-あ、やっぱり思いっきり話したいんだ。
ヒメマルは思わず笑いを漏らした。