343.失踪

夕方になって地上に戻り、酒場まで来たところで、それまでほとんど喋らなかったライジャが口を開いた。
「それでは」
「…えっ、食事は」
てっきり一緒に夕食を摂るものと思っていたイチジョウが驚いて言うと、ライジャは首を振った。
「そうですか…。今日は、ありがとうございました」
イチジョウの言葉に頭を下げて、ライジャはそのまま宿の方へと歩いて行った。

「ライジャさんは、ルームサービスの方がお好みなんでしょうか?」
3人で席についてから、オスカーが言った。
「いや…うーん…、多分、気ぃ遣ってるってぇか…」
ダブルは頭を掻いた。
「ごめんな、イチジョウ」
「え?」
「ライジャが手伝いたいっての、断りきれなくてよ」
「あ、あぁ、いえいえ」
イチジョウは笑って手を振った。
「他に手伝ってくれる奴がいるみたいだからって言ったんだけどな、それなら人数が多い方がいいだろうから戦闘の方で手伝うって言うし、付き合いのない奴に手伝ってもらうのはやりづらいと思うから、っつったら、邪魔にならないように、黙って自分の仕事だけやるって言うし、何言ってもとにかく手伝うってんで」
「余程イチジョウさんの役に立ちたいんですね」
オスカーが感心したように言った。
「こういうことになるんなら、余計なこと言わなきゃ良かったな」
「余計、というと」
イチジョウが訊く。
「あいつがイチジョウに憧れてるなんて言ってなきゃあ、もっと気楽に手伝い頼めたろ。あいつも何も気にせずに手伝えたろうし」
「なるほど」
オスカーが頷いた。
「まあほら、一緒に行動してみたら、思っていたイメージとは違ったとかで、彼の気分も変わってるかも知れませんしね」
イチジョウは笑顔のまま、運ばれてきたビールに口をつけた。


食事を終え、一人で宿へ戻る道で、イチジョウはぼんやりとライジャのことを考えていた。
最低限の言葉しか口にせず、黙々とやるべきことだけをやっていた。
正直言って、自分はあそこまで生真面目な男に好かれるような性格ではないと思う。
-やっぱり、自然と離れていくかも知れないな。
笑いを漏らしてから、
-でも、Eか。
ふと気付いて思案顔になった時、
「兄者!!」
横から大きな声で呼ばれて、イチジョウは反射的に声のした方向に身体を捻り、左手首のブレスレットを握った。
見れば、走ってきたらしいノリチカが息を切らして立っていた。
今日はマントもフードも被っていない。
「…どうした?」
イチジョウは周囲に目を配りながら、一歩下がってノリチカとの距離をとった。
「兄者、」
ノリチカはイチジョウに近付こうとしたが、イチジョウは詰まった分だけ距離をとる。
「…」
近付くのを諦めて、ノリチカは出来るだけ小さな声で話し始めた。
「猩々が2人、いなくなった」
「…それがどうした」
「兄者が何かしたんじゃないかと思って」
「さあな」
もちろん何もしていない。が、イチジョウは曖昧に答えた。
「兄者」
「他にも色んな可能性はあるだろう。俺のあとをつけていて地下で怪物に殺されたのかも知れないし、仕事が馬鹿馬鹿しくなってどこかへ行ったのかも知れないぞ」
「…」
「ここには、旅立つのにはもってこいの魔法や移動手段が色々とあるからな」
「…じゃあ、兄者は」
「ノリチカ」
俯きがちだったノリチカは、顔を上げた。
「俺に何を訊いても無駄だ。もう本当のことは言わない」
「…」
うなだれるノリチカを置いて、イチジョウは歩き始めた。

-実際、どういう理由でいなくなったんだ?
警戒を緩めずに歩を進めながら、イチジョウは考えた。
-何にせよ、早めに俺を捕らえにくる可能性は高くなったな。
イチジョウは舌打ちした。ブレスレットを握る手に力が入る。

左右に目を配っている時、右の道の端、街灯の後ろにある林の闇の中に、フードつきの黒いローブを着た男が、溶けるように立っているのが目に入った。

手と顔だけが露出しているが、妙に白く、どこか死神を連想させる。
-なんであんなところに立ってる…
イチジョウと目が合うと、男は口の端を上げて笑った。ちらりと見えた口の中が、異様に赤い。
どう見ても猩々とは異質の存在だが、単純に気持ちが悪い。イチジョウは足早にそこから離れた。

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