342.実験

「うん?」
待ち合わせ場所に来たティーカップを、ビアスは首を傾げるようにして見た。
「なんだ」
ティーカップが眉を上げる。
「珍しいな」
ビアスは、ティーカップの耳朶から下がっている大き目の飾りを、指ですくうようにして軽く持ち上げた。
「つけたくてつけてるんじゃない」
ティーカップは腕組みをして、憮然と言った。
「トキオ君からの贈り物か」
ビアスが笑う。
「そう言えないこともない」
「?」
よく理解出来ずに、飾りから指を離しかけた時、
「ああ」
耳の下にある赤い痕に気付いて、ビアスは納得した。
「それは回復魔法で治るんじゃないか?」
ビアスがディオスを唱えようとかざした手を、ティーカップが素早く掴んで下げる。
「消したら落ち込む」
困ったような顔で言うティーカップを見て、
「羨ましいな」
ビアスはまた笑った。
*
二冊めの本を読み終わったトキオは、ひと息つくと椅子に座ったまま大きく伸びをして、腰をさすった。
昨晩、キスで勢いづいたトキオは、ティーカップのパジャマのボタンに手をかけた瞬間、本気で蹴り飛ばされてベッドから落ち、したたかに腰を打ったのだ。
「別の部屋に泊まるぞ!!」
そう言われるとどうしようもなくなって、トキオは結局トイレに篭りに行った。

「ん~~…」
トキオは重ねた本の上に左頬をつけた。
理屈抜きの単純な欲求は、日に日に募っている。
「…やりてえな~…」
声に出すと余計に自覚してしまって、トキオは長い溜息を吐いた。
「…もー… あー…」
トキオは本に顔をつけたまま、ノートの端にペンでぐりぐりと無意味な模様を書いている。
その手も止めて、数分ぼんやりと脱力してから、
「…読も」
身体を起こしたトキオは、次の本を開いた。
*
パジャマがわりのローブを着たままベッドに転がって、うつ伏せに片肘で錬金術の本を読んでいたクロックハンドは、
「なぁ、本格的に薬やなんや作ろうと思たら、研究室みたいなもんいるわなあ」
テーブルについているミカヅキに向かって言った。
「街によっては…」
ミカヅキは、答えようとして急に口ごもった。
「よっては?」
「貸し…貸して…」
ミカヅキは眉を寄せて、口元を押さえた。
「…お…かしいな」
「どないした」
クロックハンドがベッドを降りて、ミカヅキの前にしゃがみこんだ。
「…舌が…あ」
ミカヅキは眼鏡ごと顔を押さえて、後ろを向いた。頭が熱くなってきている。
「め…眼鏡、こ…」
眼鏡をはずして、
「…あれ?」
ミカヅキは後ろを向いたまま、気の抜けるような声を出した。
「…ちが…」
「ほんまに効いとるんやなあ」
「? ??」
「本物こっち」
クロックハンドはミカヅキの肩越しに、別の眼鏡を渡した。
「…あ」
ミカヅキは受け取った眼鏡を慌ててかけなおした。
「すまんすまん。お前の眼鏡とかって、ただの暗示なんちゃうかなーってずっと思うててな。度も見てくれも似たような眼鏡見っけたから、丁度ええ思て、すりかえてみたんや」
ミカヅキは熱くなった額を押さえて、頷いた。
「おれも」
まだ口の中がこわばっている。ミカヅキは片手で頬を挟んで、揉んだ。
「それは気に、なってたから。試せて、…良かった」
「なんかお前、大変やな」
他人事のような素朴な感想を言うクロックハンドに、ミカヅキは笑って頷いた。

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