341.雷蛇

朝、地下への入り口前にある大きめの岩に腰を下ろし、イチジョウはぼんやりとオスカーとダブルを待っていた。
*
昨晩は、なかなか寝付けなかった。
ダブルが紹介しようとしていたあの忍者が、本当に好きなタイプだったからだ。
遊べそうな相手なら、ダブルが街を出た後は手伝ってもらおうかとも思っていたが、駄目だ。
容姿が好みのど真ん中。加えて、いい奴だけどちょっと不器用だという性格も、好みだ。そんな男が自分に好意を持っているという。
多分、あっという間に情が沸く。
が、ササハラへの想いは、別物として自分の中にしっかりと存在している。
身体の二股三股はいくらでも経験があるが、気持ちの二股は全くの未経験だし、そんな複雑な状況に陥るのはごめんだ。

だから、やはり紹介はしてもらわない方がいい。


…と、すっかり結論は出ているはずなのに、迷いがある。
-やっぱり俺は、節操がないんだな。
気がつけば、目の前にいる相手を選ぶのに都合のいい言い訳を探している。
-ササハラは見つからないかも知れないし、
 見つけた時にササハラが一人身だとは限らないし、
 何より、ササハラ自身が、忘れてもらいたいと-

そんなことを考えている自分が嫌になって、溜息をついてはまた考えて、- それを何度も繰り返しているうちに、やっと眠れたのだった。
*
-思ってるよりも、疲れてるのかも知れんな…
イチジョウは目を閉じた。
気持ちのフラつき方が、自分らしくないような気がする。
いくら相手が好みだと言っても、元々、恋人を積極的に欲しがるような性分ではないはずなのだ。
-ま…、とりあえず断ったわけだし、こんな気分もそのうち落ち着くだろう。
最近、周囲の恋人達が皆いい雰囲気を保っていることにも、少し影響されているのかも知れない。

「おはようございます、イチジョウさんー」
オスカーの軽やかな声に、顔を上げて、
「おはようご…」
挨拶を返そうとしたイチジョウはぎょっとした。
オスカーとダブルの横に、例の忍者が立っているのだ。
「…ざいます」
イチジョウがなんとか続けると、ダブルは笑顔の中に申し訳なさそうな色を見せながら、
「よう」
と手をあげた。

「えーと、こいつは忍者の、ライジャ。いっぺん手伝ってみたいってんで、…呪文は全部使えるんだよな」
ライジャと呼ばれた忍者は頷いて、頭を下げた。
「ライジャと申します。宜しくお願い致します」
「あっ、はい、こちらこそ」
イチジョウは立ち上がって、礼をした。
「こいつはこの街出身で、実家は何代も前から酒屋やってんだ」
ダブルがそう言ったのは、やや東方風の顔立ちのライジャだが、猩々ではないということを伝えるためだろう。
「なるほど」
イチジョウは目で頷いて、意味を汲み取ったことをダブルに伝えた。
「イチジョウ殿」
ライジャは緊張気味の声で言った。イチジョウもつられて緊張する。
「は、はい」
「自分は」
真剣な顔のまま少し眉を寄せて、ライジャは続けた。
「お役に立てれば、それで」
それだけ言うと、ライジャは黙りこんだ。どうやら、言葉の方もかなり不器用らしい。
「なんつうかな、あんまこいつの存在は気にせずに、アタッカー 兼 鍵開け手伝い人形とか、そういう感じに思ってくれていいっつうことで…な?」
通訳したダブルが肩を叩くと、ライジャは頷いた。
「そんな…」
イチジョウは困惑してしまった。
これがまるっきりどうでもいい相手なら、喜んでそうさせてもらうのだが、彼の場合は、近くにいるだけでもこちらが落ち着かなくなる。

イチジョウが何も答えられずにいると、ライジャは懐から何かを取り出し、手早く頭に被った。
服と同じ、暗い灰色の頭巾だ。地下で見るニンジャ達のものとは違い、顔の横に長く布が垂れている。
再び懐に手を入れて、今度は黒い布を取り出したライジャは、その布で口元を覆った。布はすっかり覆面の状態になって、外に見えているのは目だけになった。
この状態で、あまり喋らずにいてくれるのなら、そんなに意識しないで済むかも知れない。無下に断るのも難しい。自分に言い聞かせて、イチジョウは頷いた。
「わかりました。宜しくお願いします」

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