339.好み

「ふー」
トキオが部屋に戻ってきたのは、午後7時を過ぎた頃だった。
テーブルを占領して、バスローブ姿で装備の手入れをしていたティーカップは、トキオの小脇に抱えられた本に目をやる。

「色々あったから、まとめて借りてきた」
視線に気付いたトキオが、本をまとめて両手で持って、表紙を見せる。
【 図解 罠の種類(1) 】
明解なタイトルだ。
「ギルドで借りてきたのか?」
ティーカップが、剣の柄を磨く手を動かしながら言う。
「うん」
「全部読めるのか?貸し出し期間は三日ぐらいじゃないのか」
「…」
トキオは分厚い5冊の本を、改めて眺めた。
「えっと…明日休みだし…」
「頑張りたまえ」
「うん」
トキオは空いている椅子に本を置いて、バスルームへ向かった。

シャワーを浴び終えてバスローブを羽織ったトキオが、荷物から小さなノートを取り出してテーブルに近付いてきたので、ティーカップは手入れを終えた装備を床に置いて、スペースを作った。
トキオは髪をタオルでまとめて、テーブルに本を積んだ。
一番上から一冊を取って開き、その横にノートも開く。
「図解の本は、借りるより買った方がいいよなぁ。でもあんまでかいと荷物になるしなー…」
呟きながら、トキオはペンを握った。
*
何度か潜った後、イチジョウ、ダブル、オスカーの3人が酒場で一杯飲んでいると、
「皆さん、こんばんは」
涼やかな声がした。
3人が一度に声の方を向くと、いわゆる『仕事服』のクロックハンドと、そのお付きのようなスタイルのミカヅキが立っていた。
「ミカヅキ君、似合いますね」
イチジョウが言うと、
「ありがとうございます」
ミカヅキが姿勢よく答えた。
「なんだお前さん、クロックに弟子入りしたのか?」
ダブルが笑う。
「はい。見習いです」
ミカヅキも爽やかな笑顔を返した。
「ダブルさん、先日は私がここで眠ってしまった時にお気遣いくださったとのこと、ありがとうございました」
「うっはっは気持ち悪ぃ、やめてくれ」
クロックハンドに頭を下げられたダブルが、大笑いして手を振った。
「それでは失礼致します、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
クロックハンドに続けてミカヅキが会釈して、2人は酒場の奥へと歩いていった。

「クロックは、結局ミカヅキと付き合ってんのかね?」
「友人としての付き合いみたいですよ」
ダブルの疑問に、イチジョウが答えた。
「そうかあ。あれはあれで、楽しそうだな」
「ですねえ」
「…ん」
2人の後姿を見送っていたダブルが、見ていた方向で目を止めた。
「イチジョウ」
「なんです?」
「一応、顔見とくか?例の忍者。そこにいるぞ」
「どの方ですか」
オスカーがダブルの視線を追う。イチジョウも思わずそちらを見た。
「2つむこうのテーブルの、あそこだ。黒髪で、灰色の服着てる地味な感じの奴」
「ええと…、あ」
オスカーが肩を縮めた。忍者がこちらを向いたのだ。
ダブルが挨拶代わりに手を上げると、驚いた様子だった忍者は同じように手を上げてから、イチジョウを見た。
精悍な顔つきを少し緊張させてイチジョウに一礼した忍者は、少し困ったように視線を泳がせ、自分のテーブルに向き直った。

「いい奴なんだけど、ちょいと不器用なんだよ」
「…」
イチジョウは頭を掻いている。
「やっぱ紹介しない方がいいか?好みじゃねえかな」
「…いえ」
イチジョウは眉を寄せた。
「好みなので、紹介しないでください」

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