338.案外

ブルーベルが夜のパーティに合流するのを見送った後、ヒメマルは酒場を見回した。
一杯飲むのに、話し相手が欲しい。
「あ」
窓際で一人、退屈そうにチキンを齧っているのはキャドだ。
「こんばんは~」
言いながら、ヒメマルは正面の椅子に腰を下ろした。
「あぁ。よぉ」
キャドが適当な挨拶を返す。ヒメマルはウェイターを呼んで、ビールを頼んだ。
「暇だったら話し相手になって欲しいな~と思って」
質問される前にヒメマルが言うと、
「ブルーベルはどうしたよ。振られたか?」
キャドは口の端で笑った。
「まだ振られてないよ~。ベルは今、他のパーティと潜りに行ってるよ」
「あいつぁタフだなぁ」
「無理してないか、心配なんだけどね~」
ヒメマルは、ウェイターから受け取ったビールをひと口流し込んだ。

「キャドさん、ロイドさんと付き合ってるの?」
「さん付けはやめろって…、まぁいいか。付き合っちゃいねえよ」
ストレートな質問に、キャドは苦笑いした。
「一方的に好かれてる感じ?」
「まぁ、…、…なんでお前がそんなこと気にするんだよ」
「えーとね、野次馬根性」
「正直に言やぁいいってもんじゃねぇぞ」
キャドは呆れるような笑いをこぼした。
「ロイドさんて、結構情熱的じゃない?」
「…なんで」
キャドが短く返す。
「ロイドさんから抱きついてるっぽいところ、よく見るから」
「…ありゃあ別にそういうことじゃなくて、慣れる為にやってんだ。お互い、近くにいるだけで鳥肌が立つんでな」
「ええぇ、鳥肌が立つほど好きなの?」
思いもよらないことを言われて、キャドは眉をハの字に寄せた。
「そうじゃねえ、側にいるのが本能的に嫌なんだよ」
「あ、狼男同士だから?」
「そうそう」
「へえぇ、それじゃ、エッチするの大変そうだね~」
「…」
キャドは肘をつき、額に手をあてた。
「これ以上ロイドの話すんなら、俺ぁ席移動するぞ」
「キャドさん、案外可愛いとこあるね」
「…」
キャドは溜息をついて、チキンに齧りついた。
*
「イチジョウは、まだ、誰かと付き合おうって気にはならないよな?」
街外れへ向かう道の途中で、ダブルが急にそんなことを言い出した。
「…、そう、…ですね」
何故そんなことを訊くのか、という疑問を乗せた視線で、イチジョウはダブルを見上げた。隣を歩くオスカーも、ダブルを見ている。
「俺のダチで、イチジョウのこと気になってるって奴がいてな」
ダブルが質問の意図を説明すると、
「私の知ってる人ですか?」
イチジョウは首を捻った。
「知らねえと思う。遠くから見て、憧れてるってやつだな」
「実物はそんなにいいものじゃないと、言っておいてください」
イチジョウは笑った。
「いやー、実物がどんな感じかってのはもう話しちまったからなあ」
「どういう風に話したんですか」
興味をそそられたオスカーが訊く。
「まんまだよ。物腰柔らかいけど、結構男っぽくてクールだとか、戦ってる時ゃ凛々しいぞ~とか」
「良く言いすぎですよ、ちゃんと悪い所も伝えてください」
イチジョウが慌てたように手を振る。
「悪い所って、例えば?」
「節操がないとか」
「節操ないのか?」
「割と」
「うはっはは」
ダブルはカラカラと笑った。
「んでまあ、そいつ忍者だから、俺が街から出た後は、代わりにイチジョウの手伝いしたいって言ってんだけどな」
「それは…、ありがたいですが…」
イチジョウは考え込んだ。
「うん、その気がねえ時に、そういう奴が側に来るとややっこしいよな。ひとまず断っとくわ」
ダブルは頷いた。

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