339.5.違う

ヒメマルが席を立ってしばらくすると、ロイドの姿が視界に入った。
ロイドの方でもこちらを見つけたらしい、一直線に向かってくる。
キャドは立ち上がって、店の外に出るように手振りでロイドを促した。


「あんた、バベルといい仲だったんだってな?」
店の喧騒から離れたベンチに並んで腰を下ろすなり、キャドが言った。
「…いい仲と言えるかどうか…」
「随分惚れこんでたらしいじゃねえか。それもつい最近まで」
ヒメマルとどうでもいい話をしているうちに、初めて知った事だ。
今まで、ロイドの名前を聞くだけで気分が悪かったこともあって、そういう情報は全く持っていなかった。
「-…」
「急に俺の方にマト変えたのは、どういうこった?」
「…」
ロイドは切り出す最初の言葉に悩んでいるのか、唇を開きかけては、結びなおしている。
「あんた、惚れっぽいんじゃねぇか?」
キャドは懐から煙草を取り出した。
「あんたが前に誰と付き合ってようが、そんなこたどうでもいいんだけどよ」
咥えた煙草に火を点ける。
「入れ込んでる相手がいんのに他の奴にも惚れて、その度にコロコロ鞍替えするような性分だってんなら、付き合いもちょっと考えなきゃあいけねぇと思ってな」
「…そういうわけでは…」
ロイドは一度口をつぐんでから、静かに話し始めた。

「ビツィ…バベルは、決まった相手を作らない人で…、最初はそれでもいいと思ってたんだが、…結局、割り切れなかったんだ。だから-」
「はぁん、そんでそっちを諦めて、補欠の俺のとこに来たのか」
「それは違う」
ロイドは首を振り、キャドを見た。
「君の事を意識しはじめたのは、バベルとの関係を絶つと決めた後だし、前にも言ったように、本当に惹かれはじめたのはちゃんと会話をしてからだ。それはバベルと別れた後だ」
「どうだかなぁ。バベルのこと吹っ切る為に、適当な相手が欲しかっただけじゃねぇのか?」
「違う」
ロイドは強い語気で即答した。
「…バベルとは、半ば諦めながら付き合っているような状態で」
表情が険しくなる。
「正直、疲れもあった。離れた後の気持ちの整理には、そんなに時間はかからなかった」
「…なるほどな」
キャドは軽く煙を吐いた。
「とりあえず、いきなり惚れていきなり別れてってのを繰り返してるわけじゃあねぇのか」
ロイドは頷いた。
「好きになる時、一気にのめりこんでしまうことは否定できないが」
「…へっ」
キャドは煙草を咥えたまま、笑いを漏らした。

「…だから」
体の力を抜いて、ロイドが言った。
「俺が突然、他の人のところへ行ってしまうかも知れない、という心配はしなくていい」
「待てコラ」
キャドは煙草を口から離した。
「俺が不安になってるみたいな言い方すんじゃねぇ」
「違うのか」
「違う!!」
キャドは煙草を地面に叩き落して、ぐりぐりと踏んだ。
「こっちが鳥肌我慢しながら無理に付き合ってんのに、いきなり他行かれちゃ迷惑だっつう話だよ!ったくなんでもかんでもいい方に考えやがって」
「そうか…」
「そうだよ」
「君も俺のことを真剣に好きになり始めてくれたのかと思ったのに、残念だ」
「…」
キャドは居心地の悪そうな顔を、ロイドとは逆方向へ捻った。
「未だにまともにキスすらさせてくれないし…、…付き合う前と、あまり変わらないな…」
ロイドは溜息をついた。
横から、わざとらしいプレッシャーが漂ってくる。
「わぁかったよ、キスぐらいしてやるよほら」
キャドは振り向いて、ロイドに軽く唇を合わせた。-と、

「ありゃ」
すぐ近くで声がして、キャドは反射的にロイドを突き飛ばした。
「ごめん、邪魔して」
ヒメマルと一緒に歩いてきたブルーベルが言う。
「付き合ってないって言ってたんだけどな~」
「照れくさいんだろ」
遠ざかっていく2人の会話に、ロイドが反応する。
「…付き合ってないって言ってるのか?」
「うるせぇ」
キャドは苦い顔で、新しい煙草を咥えた。

Back Next
entrance