333.モジモジ
「さあ、どうだろうな。はっきりと決めなければいけないことか?」「…それって、つまり、どっちの可能性もあるってことか?」
「そうかも知れないな」
どちらが上になるのか、という質問に対して返ってきたティーカップの言葉は、トキオの頭の片隅に残って、想像力を刺激し続けている。
朝になり、酒場のテーブルについてからも、
-もし俺がやられる方になったら…
-嫌ってわけじゃねんだけど、なんか照れくせえってか…
-経験ないしなー…
-でも、あんな感じでリードされたら、自然と出来るかも…
などとぼんやり思っては、昨晩の行為を思い出し、熱くなった顔を隠すために俯いている。
「トキオ、なにモジモジしてるん」
「え」
クロックハンドにつっこまれ、トキオは慌てて手と首を振った。
「してない、してない」
「なんか落ち着きないよね~」
ヒメマルが言うと、
「んなことないって」
トキオはまた首を振って、朝食の一品である手羽先にかぶりついた。
「イチジョウ、防具のアレンジをしてくれる店は、武器も取り扱ってるのか?」
トキオの隣で、朝食をさっさと食べ終えたティーカップが言う。
「扱ってましたよ」
イチジョウが答えると、
「夕食の後にでも、場所を教えてくれたまえ」
ティーカップは笑顔で言った。
「わかりました。何か、武器をいじるんですか?」
イチジョウが訊く。
「マントに合わせて、カシナートに装飾をしたいんだ。赤い石か青い石をつけたい。両方でもいいな」
「それは綺麗でしょうね」
容易に想像出来て、イチジョウは何度も頷いた。
「問題は、名剣と言われるような剣に細工が可能かどうかなんだが」
ティーカップは腰の剣を撫でてから、
「君も忍者だからといって地味な服装に甘んじていないで、カッパ君のように自己主張をしてみたらどうだ」
トキオに言った。
「ん、うん」
トキオは小さく頷いて、食事を続けた。
街外れまでの道のりを、ティーカップは今日も大股でマントをひらめかせながらどんどん歩いていき、まだ頭の中の妄想ループを止められていないトキオは、その後ろを遅れ気味についていく。
他の4人は、更にその後ろを横並びに歩いていたが、
「…やったかな?」
クロックハンドの呟きに、思わず皆、笑いを漏らした。
「順調みたいで、何よりですね」
そう言ってから、イチジョウは隣を歩くクロックハンドを見た。
「昨日は、大丈夫でしたか?」
「え、俺?」
クロックハンドがきょとんとする。
「睡眠薬か何か、飲まされてたでしょう。ダブル君が見てて、助けに行こうとしてたんですよ。ミカヅキ君がいたから、戻ってきましたけど」
「あーっ、うん、ミカヅキに説教された」
「なになに?」
クロックハンドは、ヒメマルに事の顛末を簡単に説明した。
「うわ~、危ないなぁ」
「随分無茶なことする相手だな。そんなことしたら、親父さんとの取引にも支障出るんじゃないのか?」
ブルーベルが言うと、
「うん、普通に考えたらそうやろ。せやから、まさかあんなことしてくるとは思うてへんかったんよ」
クロックハンドはアヒル口になった。
「気をつけないといけませんね」
「やね。ええ勉強になったで、これからは警戒しまくるわ。ダブルにも礼言うとかないかんな」
クロックハンドはニカッと笑った。
地下への入り口の少し手前まで来ると、ティーカップが立ち止まり、振り向いて、後ろにいたトキオの腕をぐい、と引いた。
「??!」
驚いているトキオに顔を寄せて、
「いつまでぼんやりしてるんだ。ちゃんと頭の切り替えは出来るな?」
ティーカップは諌めるように言った。
「っ、うん」
トキオは息を吸って、背筋を伸ばした。
「よし」
ティーカップはトキオの頬を軽く掌で叩いて、腕を離した。