332.呆れる
ベッドに寝そべり、ティーカップは腕組みをして、トキオは頭の後ろに両手を組んだ状態で、天井とにらめっこしていた。「眠れないな」
「眠れねえよなあ」
起きてから数時間しか経っていないのだから、寝付けるわけがない。
「でも、これでまた夜中まで起きてたりしたら、悪循環になっちまうしなあ」
「軽い運動でもした方がいいかも知れないな」
皮肉とわかっているのに、トキオはどきりとしてしまった。
ちらりと横目でティーカップを見る。なんとかして寝ようとしているのか、ティーカップは腕組みしたまま目を閉じている。
「…あの」
トキオはじり、じり、と横に動いて、ティーカップとの距離を縮めた。
「…質問」
「なんだね」
「お前さ、スマートな誘い文句、」
トキオは少し考えて、
「…あ、やっぱ、言うのやめとく」
ティーカップとは反対の方へ顔を向けた。
「言いかけたことはきちんと最後まで言いたまえ」
ティーカップが目を開けて、トキオの方を見た。
「お前絶対呆れるから、言わねえ」
「今更そんなことを気にしてどうするんだ。僕が君の予想通りの反応をするとは限らないぞ。話したまえ」
「…、…んじゃ、言うけど…」
トキオは枕を抱いて顔にあて、その隙間からティーカップを窺うように目だけを向けた。
「スマートな誘い文句考えろっつってたけど、もし、ちゃんと、いい感じで誘えたら、…その、…させてもらえんのかなーって…」
「…」
ティーカップの両眉が上がった。どこから見ても呆れ顔だ。
「ほらー!!」
トキオはティーカップに背中を向け、枕と一緒に膝を抱えて丸まった。
「…いや、感心してる」
ティーカップに言われて、トキオは首だけで少し振り向いた。
「感心?」
「呆れる以外に選択肢のない質問をよく考えついたものだと」
「…」
トキオはまた丸まった。
「だってな、お前、急ぐの嫌いとか言ってたし、どう誘ったって、今はまだダメなんじゃねえかなとか思って、気になって」
呟くように言って、トキオは更に体を縮めた。
「…実際、どう?」
考えるような間があってから、答えが返って来た。
「それ以前に、君が気の利いた誘い方をする場面が全く想像出来ないんだが」
「…俺も」
トキオは脱力して、縮こめていた手足をだらんと伸ばした。
体をひねって仰向けに戻り、トキオは小さく溜息をついた。
「俺さ。ほんとは、寝る前とか」
トキオは一度唇を閉じて、続けた。
「…もっとお前と、キスしたり、いちゃいちゃ…したい」
ティーカップが上を向いたまま横目でトキオを見て、
「すればいいじゃないか」
軽く言った。
「…」
トキオは困ったような顔で、ティーカップを見返した。
「でも、そういうことしたら絶対もっと色々したくなるし、んでもお前に嫌がられんのはイヤだし」
「わかってるならそこで自制したまえ」
「出来ねえもん」
トキオはティーカップから目を逸らして、天井を見た。
「…、てか、…正直、…」
それだけ言ってから、トキオは長い間黙っていたが、ためらいがちに口を開いた。
「…俺は、一緒に寝てるだけでも、夜中にトイレに抜きに行くような状態だからさ、」
トキオは息を吸いなおした。
「…好きな奴とベッドでキスとかしても、全然その気になんねえっていう感覚が、ちょっと、わかんねんだよな」
ティーカップの視線が頬に当たっている。
「それってやっぱ、お前が俺のこと…まだそこまでは好きじゃねえってことなのかなーとか、…うん」
トキオはもぞもぞと動いて、ティーカップに背中を向けた。
「…そうだよな…頑張る…」
予想通り、呆れるような溜息が、背中に聞こえた。