321.ハイ

「まだなのか、僕はもう行くぞ」

朝。
すっかり装備を整えたティーカップは、パジャマ姿のトキオにそう言って、一人で部屋を出て行った。

トキオは寝癖のついた髪をもしゃもしゃと掻いて、笑いを漏らした。
まだ9時半だ。
ティーカップは、新しいマントを少しでも早く人の目に触れさせたいのだろう。
昨晩も、部屋に帰ってきてから長い間、マントに合わせる服を選んでいた。
-あいつ、ちゃんと寝たのかな。
先にベッドに転がっていたトキオは、鏡の前で何度も着替えるティーカップを眺めているうちに、眠ってしまったのだ。
大きく伸びをして、トキオは仕度を始めた。


「工房で買ったマントですか!?」
酒場のテーブルに一人で座っているティーカップを見つけて、ブルーベルが駆け寄ってきた。
「ああ、ラーニャの服と同じ加工のものにした」
答えるティーカップの横に座って、ブルーベルは熱心にマントを観察した。
「これは、赤…、じゃない…?不思議な色ですね」
「基本的には赤なんだが、影は青になる」
「面白いね~」
ブルーベルの隣に腰を下ろしたヒメマルが言う。
少し経って、イチジョウとトキオもやってきた。二人が挨拶を交わしている時にミカヅキが現れて、同じテーブルについた。

「ミカヅキ、やっぱりクロックの代理~?」
ヒメマルが訊くと、ミカヅキは頷いた。
「宜しく」
「やっぱりって?」
トキオがヒメマルを見る。
「クロックはお父さんの仕事の手伝いなんだってさ~」
「へえ~」
「華やかなマントですね。よく似合ってる」
イチジョウは、正面のティーカップに向かってお世辞抜きの感想を言った。
ティーカップが済ました顔の口端を上げる。
「色数多いよね~」
マントの首から肩にかけては黒が基調で、金の装飾や鎖がふんだんにあしらわれている。肩から下は赤。裏地は紫だ。
「髪を基準にした色選び、だろうか」
じっと見ていたミカヅキが、控えめに言った。
「うん」
トキオが頷くと、ミカヅキはホッとしたように表情を緩めた。
「トキオが選んだの?」
ヒメマルがトキオに視線を向ける。
「ん、まぁ、色々話しながら。な」
「こういうものを選ぶ時、第三者の意見を取り入れるのは大事だからな。そんなことはいいから、君達も早く食事を済ませたまえ」
一人だけ朝食をとり終えているティーカップは、指でコツコツとテーブルを叩いた。


「どうだ?影になった部分が青みがかってるだろう」
地下への入り口に向かう途中、ティーカップはパーティの5人の前に出て、マントを翻してみせた。
「ほんとだ、よくわかるよ~!不思議な色だね~」
「綺麗です」
ヒメマルとブルーベルが続けて言う。ミカヅキもその横で頷いている。
「この色を選ぶ客は滅多にいないそうだ!」
ティーカップはパーティに向かって腕を広げ、ぐるりと半回転すると、大きな歩幅で悠々と歩きだした。

「…トキオ君」
前を行くティーカップの背中を眺めながら、イチジョウは側を歩くトキオに話しかけた。
「ん?」
「ティー、可愛いですね」
「…、」
答えようとすると顔がにやけてしまい、トキオは頬を押さえて頷いた。
「まだ、深い仲じゃないんですか?」
笑いを含んだ声で、イチジョウが小さく訊く。
「…、ん」
トキオは肩を竦めるようにして、短く返した。
「あのテンションの高さは、狙い時かも知れませんよ」
イチジョウの言葉に、トキオの頬が浅く熱を持った。
「…っも、潜る前に、そういうこと言わないでくれよ」
「そうですね、失礼」
イチジョウは笑い顔のまま、自分の口元に手をあてた。

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