322.気疲れ

10階に降り、最初の戦闘を終えてひと息ついている時、
「…あれ?」
側にティーカップがいないことに気付いて、トキオは周囲を見回した。
「あ!?ちょっ」
ティーカップは早々に次の扉に向かっていて、今にも開けようとしていた。
「待て!!」
トキオはティーカップに駆け寄り、背中側から腰に両腕を回して、扉から引き離した。
「なんだ」
「まだみんな休んでるぞ」
「…」
ティーカップはメンバー達に目を向けた。皆、笑みを浮かべて頷いている。
「ふむ」
ティーカップはつまらなそうに息をついた。

「嬉しいのわかるけど、テンション上がりすぎだぞ。落ち着いて行こうぜ」
トキオは控えめな声でティーカップに言った。
「落ち着いてるぞ」
「先走りすぎだって。いっつも、もうちょっと慎重だろ」
「今日は調子がいいから大丈夫だ。多少の無理で崩れるパーティじゃないだろう」
「お前、」
トキオは困ると同時に呆れそうになる感情を、深呼吸で流した。
「油断が命取りになるのはよくわかってるはずだろ。ペース変えるのは出来るだけやめようぜ」
「…」
ティーカップは不満そうな顔のまま、トキオから視線を逸らした。
-普段全体の状況とか冷静によく見てるくせに、自分のことになるとちゃんと見えてないっつうか、適当になるっつうか…。変なとこでガキみたいになんだよなー。
トキオはしばらく考えてから、横を向いているティーカップの顔の前へ移動した。
「お前は絶好調なのかも知れねえけど、みんなとのバランスが取れねえからさ、ちょっと抑えてくれ。な」
「…仕方ないな」
ティーカップは、やっと頷いた。
*
夕方になり地上に戻る頃には、トキオは気疲れでぐったりしていた。
言っても言っても暴走しそうになるティーカップを、その度に慌てて止めて説得していたからだ。

酒場に向かう道、ティーカップは朝と同じように一人だけ何歩かパーティの前に出て、マントをひらめかせながら揚々と歩いている。
「お疲れ様」
イチジョウが笑い混じりでトキオに言った。
「参った」
トキオは苦笑いする。
「まあ、何日も続かないでしょうし」
イチジョウが言うと、
「一週間ぐらい続くかも」
ブルーベルがぼそりと言った。
「マジか…」
想像しただけで、トキオは更に疲れた。
「昔、ビアス様にネックレスもらった時あんな感じになっちゃって、一週間以上続いてたから」
「へー…」
トキオは小さく唇を尖らせた。
そんなことを聞くと、その時より長引いてもいいような気になってしまう。

前を歩くティーカップが、対面から歩いてきた二人連れに軽く手を上げた。
後ろの五人の目が、自然とその二人に向く。
身なりのいい青年と紳士だ。青年は、かぶっていた帽子を取って胸元にあて、まずティーカップに会釈し、五人の横を通り過ぎる時にも、品のある笑顔と共に軽く頭を下げた。

「…ん?」
「あ」
「あれ」
「あっ」
「…」
五人はほとんど同時に声を出して立ち止まり、二人連れを見送った。
「今の、クロックだよね?」
ヒメマルが言うと、ミカヅキが深く頷いた。
「やっぱそうか。別人みてえだったな」
「ええ、雰囲気が完全に別人でしたよ」
感心するように言ったトキオに、イチジョウが同意する。
「似てるだけで他の人かと思った」
「仕事用の顔ってやつなのかな~?服が違うっていうだけじゃなかったよね~」
口々に言いながら四人はまた歩き始めたが、ミカヅキはそのまま長い間、ぼんやりとクロックハンドの後姿を眺め続けていた。

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