320.吟味
「…着きましたよ…」ティーカップと、ティーカップを起こそうとして後ろから抱きついたまま本格的に眠ってしまったトキオは、御者に揺り起こされた。馬車の中だということを思い出すのに数秒を要してから、二人は目を擦りつつ起き上がった。
馬車から降りてみると、森の中だった。すぐ近くに例の工房らしき建物が見えている。
「あれだな?」
ティーカップがさっさと歩き始めた。建物に向かっている道は一本だけで迷いようがない。
「と、思うけどな」
トキオもティーカップに並ぶ。後ろで御者が鞭を打ち、蹄と車輪の音が遠ざかっていった。
何歩か歩いてから、トキオがぼやいた。
「なんで寝ちまうんだよ、もっと色々話したかったのに」
「君も朝方、寝たがってたじゃないか」
「そうだけどよ、話したい方が上っつうかさ」
トキオはティーカップの手を軽く握って、横顔を見た。
「店でも話す時間ぐらいあるだろう」
ティーカップは流すような目でトキオを一瞥する。
「そっかなあ」
もう、工房の入り口が見えてきた。
黒い金属のドアを開けると不思議な鐘の音がして、
「いらっしゃいま~せ~」
ドアの近くにいた男の店員が、柔らかい声で二人を迎えた。
トキオは店内を見回した。アクセサリー類、様々な服、武器、防具、何らかの部品、よくわからない雑貨。結構な量が置いてある。店の広さがいまひとつ把握出来ないのは、ところどころに壁いっぱいの大きな鏡がある所為だろうか。
「マントはどの辺りだろう」
ティーカップは早速店員に尋ねている。
「マントはね、こちら」
店員が案内を始めたので、
「色々見とく」
短く言って、トキオは手を離した。ティーカップは目で頷くと、店員の後について行った。
並んでいる服は、繊細な刺繍やレースのあしらわれたものが多い。男性用と思われるデザインのものでも、貴族が着る服のように華やかな装飾が施されている。
-俺の着られるような服、ほっとんどねえなあー。
トキオはそんなことを思いながら見て回っていたが、無地の服ばかりのコーナーもあった。
-あ、やっぱこういうのもあんのか。
トキオは棚に畳んで重ねてある黒いシャツを見た。【自己修復】と書いた札が立てられている。
-ベルの買った服と同じような効果かな。
目を移すと、すぐ横の壁には【刺繍、効果、デザイン変更、お好みのアレンジ承ります。お値段はご相談ください】という紙が張ってある。
-なるほどなー。無地のもんを好きにいじるってのもありか。
更に、張り紙の下には【ご自由にお持ちください】と書かれた紙が積んであったので、トキオは一枚を手に取って開いてみた。
付加されている効果の詳しい説明や、アレンジする際のお勧めの組み合わせ、組み合わせ例をあげた見積もりなどが載っている。
-すんげえなぁ。あぁ、でもやっぱ高え。
一番安いものでも、同じようなデザインの普通の服の十倍以上はする。この店の存在が、実家のようなごく普通の服屋の営業に影響するようなことはないだろう。トキオは少しほっとした。
「トキオ!」
遠くから呼ばれて、トキオは振り向いた。店の奥の方で、ティーカップが手招きしている。
「なんだ?」
トキオが側に行くと、ティーカップは壁際の洋服掛けに吊るされた何着ものマントを指して、
「色が決まらない」
と言った。
「君は服の色を決めるのが得意だろう」
「俺が?得意って、なんで?」
「前に僕が悩んでた時、すぐに決めたじゃないか」
「…あー、」
思い出して、トキオはぽりぽりと頭を掻いた。
「いや、得意っつうこたねえよ。似合うのがどれかってんなら、わかるかも知れねえけど」
トキオは色とりどりのマントを、撫でるように眺めた。
「…好きな色でいいんじゃねえの?」
「どれもそれなりにいい色だから、決めかねてるんだ。二着三着と買うような贅沢は出来ないからな」
「んじゃ、デザインで選ぶとか」
「どのデザインのものでも、好きな色に出来るそうだ」
「そんじゃあ-…」
トキオは、上品ではっきりした発色のマントをいくつか取って、順番にティーカップの肩にあてた。黒、赤、青、緑、紫。
「…んん、とりあえず黒は、ナシかな」
トキオは黒いマントを元の位置に掛けなおした。
「どういう基準だ?」
ティーカップが訊く。
「黒は、誰が着てもそれなりに決まる色だろ。お前は何でも似合うんだから、他の奴じゃ着こなせない色とかデザインの方がいいよ」
「…それもそうだな」
ティーカップが眉と顎を上げた。
「うん」
トキオは手元に残したマントを、改めて吟味しはじめた。