319.質問
「おとん商売人やからな、こういうとこで一番人の集まる酒場を造る条件とか、そんなん考えとったらしいわ」エビドリアをもりもりと食べながら、クロックハンドは話した。
「どんな商売してるの?」
ヒメマルが訊く。
「色んなことやっとんねやけど、今は店作って人に任せたり、商売始める人のアドバイザーみたいなこと、ようしとるみたいやね」
「手広いんだね~。クロックは跡継ぎとかじゃないの?」
「うーん、どうなるかなあ。おとんは、商売に興味ないなら無理にやることないて言うてるんよ。俺ら子供にはそれなりの財産残して、商売自体は出来のええ弟子やら部下やらに譲ってもかまわんて。その気になったらいつでも商売のことは教えたるから、興味ないうちは好きなこと片っ端からなんでもやっとけて言われてる」
「いい父さんだな」
ブルーベルが言う。
「うん、ええおとんやね」
クロックハンドは頷いた。
「ああ、ほんで、なんやら明日、この街で商談あるらしいねんわ。手伝うて欲しい言うてたから、明日潜られへんかも知れん。そうなったらミカヅキ、代わりに入ってくれるか」
「うん」
ミカヅキが即答する。
「へえぇ、商談の手伝いとか出来るんだぁ…」
ヒメマルが感嘆をこめて言うと、クロックハンドは手を振った。
「そんなええもんちゃうちゃう。相手が若い男好きなだけらしいわ」
「大丈夫なのか」
ミカヅキが真剣な顔でクロックハンドを見た。
「何が」
クロックハンドが聞き返す。
「商談成立の見返りに、フィ… クロックハンドが、その相手といかがわしいことをしなければいけないような事態に、なったりはしないだろうか」
「そういう取引はまともな商才のない奴がやることや。俺の役目は、言うたらまあ、添えもんのパセリか、滑りを良うするワックスみたいなもんや。くだらんこと心配せんでええ」
ミカヅキの不安を一蹴して、クロックハンドは再びエビドリアに手をつけた。
*
馬車に揺られている間、トキオとティーカップは一緒にブランケットに包まって座り、トキオのたわいない質問を中心に会話を続けていた。「食い物の好き嫌いってあるか?」
「好きなものは…今はあの、東大陸料理が一番気になるな。食べられないほど嫌いなものはない」
「んじゃ、趣味は?」
「香水集めだな」
「祭りの時も買ってたな。でも、そんなに持ってるっけ?」
「いや。よほど気に入らないと買わないことにしてる」
「そっか。装飾品とかの方がずっと多いよな」
「そうだな」
「…あれって、ほとんどプレゼントだっけか」
「ああ」
部屋に置いてあるティーカップの荷物の中には、装飾品専用の袋がある。袋の中身は、トキオと同じ部屋になってからも少しずつ増えているようだ。
「安いもんじゃねえよな。ああいうもんくれるのって、どんな奴なんだ?」
トキオの頭に、以前、部屋まで来てラブレターを渡して行ったエルフの姿が思い浮かぶ。
「人種で言うとほとんどエルフだな。しかし女性の方が多いんだぞ、『奴』などと言うのはやめたまえ」
「お前が女の人と話してんの、あんま見たことないぞ。いつ貰ってるんだよ?」
「僕が一人でいる時を見計らって渡してくれるからな」
「…そういうのって、その気がねえんなら、受け取らない方がいいんじゃねえのか」
トキオが口を尖らせる。
「ただ貴方の身につけて欲しいだけなんです、と言われて断るほど僕は無粋じゃない」
「そんなこと言われてんのか…。あ、でも」
トキオは思い出したように顔を上げた。
「お前、俺の渡した指輪はめちゃくちゃ警戒してたじゃねえかよ。そういうプレゼントは調べずに身につけていいのか?」
「いいわけがないだろう。街を出る前に、まとめて鑑定に出すつもりだ」
「あ、やっぱそうなのか…」
トキオは納得して深く頷いた。
未だにプレゼントを渡すような輩がいるのは少し落ち着かないが、貰い慣れているティーカップは、贈り物で心が動くようなことはとりあえずなさそうだ。
「…んっと。んじゃまた、別の質問なんだけど」
質問から他の話に脱線することが多いので、訊こうと思っていた項目をまだ半分ほどしか消化していない。トキオはしっかり訊いておきたいことを早めに言うことにした。
「デート行くならさ、こういうとこは好きとか、こういうとこは嫌とか、そういうのってあるか?」
「どこでもいい」
あっさりとした答えが返ってきた。
「君はデートコースに好き嫌いがあるのか?」
「…」
トキオはしばらく考えて、呟いた。
「…お前と一緒なら、どこでもいいかな…」
「そうだろう。本当に好きな相手となら、どこでも楽しめるものだ」
「うん、だから俺は楽しいけど、…ん?」
ふと気付いて、トキオはすぐ近くにあるティーカップの横顔を見た。
「お前もどこでもいいってのは、俺と一緒ならどこでもいいってこと?それってつまり俺のこと本当に好きっつう意」
「少し寝る」
「おおい!!」
ブランケットを独り占めして床に転がったティーカップは、揺さぶっても抱きついても起きなかった。