318.軽い

午前から死の指輪作戦を繰り返していたイチジョウ、ダブル、オスカーの三人がひと休みして昼食をとっていると、ロードと思わしき身なりの男が近づいてきた。
年の頃は二十代後半、銀の甲冑に濃青色のマント、黒髪を綺麗に後ろへ撫で付けている。育ちの良さそうな凛々しい顔立ちだ。
オスカーと同じ空気を纏ったそのロードは、やはりオスカーの側で立ち止まった。
ダブルとイチジョウを一瞥して申し訳程度の目礼をすると、ロードはオスカーだけに聞こえる声で二言三言のやりとりをして、離れていった。

ロードの姿が見えなくなったところで、
「もしかして、あれが例の、好きな男か?」
ダブルがオスカーに言った。
「あっ、わかりましたか。そうなんですよ」
オスカーは笑った。
「お似合いですね。二人並ぶと絵になりますよ」
「いやぁ」
イチジョウに言われて、オスカーの笑顔に照れが混じる。
「実は昨日、告白らしきことをしてしまったんですよ」
「ほぉお」
「どうでしたか」
ダブルとイチジョウがほとんど同時に言った。
「やっぱり、かなり驚いてました。ひと晩、よく考えてみると言われたんですが…」
「んじゃあ今、返事しに来たんじゃねえのか?」
「お邪魔でしたかね」
「いえ、今のは、夜にゆっくり話したいから、部屋にいる時間を教えてくれという話でした。返事をもらえるのは多分、今晩です」
オスカーはオレンジジュースをぐっと飲んだ。

「同じマントでしたね。友人としてのお付き合いは長いんですか?」
イチジョウが訊く。
「そうですね、五年ぐらいになります」
「ノンケっぽくて付き合い長い友達か。告白すんの、結構勇気いったんじゃねえか」
ダブルの言葉に、イチジョウが頷く。
「そういう仲だと、断られた場合に、後が何かと大変そうですしね」
「多分」
オスカーは少し姿勢を正した。
「私の気持ちがまだ、恋の一歩手前ぐらいだから、言えたんじゃないかと思います。深刻に思いつめてしまってたら、無理だったかも知れません」
「なるほど」
イチジョウが深く頷いた。
「しかも断りやすいように、軽く伝えてみましたよ!」
オスカーは笑顔で胸を張った。
「おぉ、どんな風に言った?参考にするから、教えてくれ」
ダブルが笑いながら訊く。
「ええと、食事中にですね」
オスカーは思い出すように間を置いた。
「君を見てるとたまにキスしたくなるんだけど、友達じゃ出来ないから、恋人になってくれないかな。って言いました」
「うっはっは、軽い軽い」
「爽やかですねえ」
ダブルとイチジョウが笑う。
「本当に軽く言ったもんですから、笑われるか怒られるかのどちらかで、何にしても断られると思ってたんですよ。考えてみると言われて、ちょっと期待してます」
オスカーは朗らかな顔でジュースを飲み干した。
*
めぼしい本を何冊か借りたクロックハンドとミカヅキは、ブルーベルとヒメマルと一緒に昼食をとる為に、四人連れ立って酒場へ向かっていた。
「…あれぇ」
酒場の入り口が見えてきたあたりで、クロックハンドが声を出した。
「どうしたの?」
ヒメマルが訊く。
「あそこにおんの、おとんちゃうかなあ」
クロックハンドは首を傾げながら、入り口の方を見ている。視線の先では恰幅のいい商人風の男性が、酒場の看板を眺めている。
「おとん、って何??」
「お父さんのこと」
ヒメマルの疑問に、ミカヅキが答える。
「うわー、ほんまにそうやわ。何やってんやろ。みんな先いっといてー、あ、ミカヅキ、俺エールとあれ」
「エビドリア」
「それ!」
ミカヅキの答えに"正解"の指差しゼスチャーで答えたクロックハンドは、
「おとーん!」
三冊の本を小脇に抱えて片手を振りつつ、男性の方へ駆け寄って行った。

入り口脇で話しているクロックハンド親子の横を通って、三人は酒場へ入った。
「クロックのお父さん、いい服着てたな」
席について食事を注文してから、ブルーベルが言った。
「うん、ぱっと見ていい服だってわかったね、シックなのに。あれは高そうだよ~。クロックハンドの実家って、もしかしてお金持ち?」
ヒメマルがミカヅキに振る。
「商家だとしか聞いてない」
「富豪だったりするのかもね~」
そんなことを話していると、クロックハンドがパタパタとテーブルに走ってきた。

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