313.ストレス
夕食を終えてパーティが解散してから、トキオは一人で街中に向かった。明日に備えたちょっとした買い物を済ませると、ティーカップに作ったあの服の材料を集めて回った。
下地にする服を買って、残りの物を売っている店で色々と買い物籠に詰めていると、
「何をそんなに買ってるんだ?」
後ろから声をかけられた。
「…あ」
振り向いたトキオは、声の主であるビアスに軽く会釈した。ビアスが籠を覗き込む。
「…服の材料なんかを。」
トキオは籠を軽く持ち上げて、質問に答えた。
「ああ」
ビアスは思い出したような顔で、頷いた。
「またリヒトに作ってやるのか?」
「…うん」
「ふぅん」
ビアスはまた材料を吟味しはじめたトキオをじっと見ていたが、
「まぁ、…ほどほどにな」
と呟いた。
「…、」
わざと気になる言い方をしている。そう感じたトキオが目を向けると、ビアスは小さく肩を竦めた。
言葉の意味を問い質したいのだが、どう言えばいいのか。巧くまとまらない。
トキオが何も切り出せずにいると、ビアスは薄く笑ってから、急に真顔になった。
「君と付き合い始めてから、リヒトはかなりストレスを溜め込んでる」
「…」
胸を押さえつけられるような感覚に、トキオは顎を引き、ぐっと唇を結んだ。
「睨むなよ。本当のことなんだから」
ビアスは眉を上げて、口元を緩めた。
「俺はそのストレスのはけ口にされて、いい迷惑なんだ。あまりリヒトに負担をかけないでくれ」
「どん…」
どんなことを言っているのかと尋ねそうになって、トキオは言葉を飲み込んだ。ビアスはどんな脚色をするかわからない。それよりも、本人の口から聞いた方がいい。
「…よく…話してみる」
トキオが抑えた声で言うと、
「頼むよ」
軽く言って、ビアスはトキオの側から離れて行った。
材料を買った店で裁縫道具を貸してもらえるように頼んでおいて、トキオは宿に向かった。
仕上げてしまおうと思っていたのだが、裁縫をする心境ではない。
-ビアスの言ってんのが本当かどうかはわかんねえけど、本当だとしたら、…どういうことがストレスになってんだろう…
トキオは俯きがちに歩きながら、考えた。
-服作ろうって時に、ほどほどにって言われたんだから、そのまんま服のことか?でもティーカップはもっと作ってくれって言ってたし…。もしかして、あれも無理してたのか?俺に気ぃ遣って、気に入ったフリしてた、とか…。…それともなんか、もっと違うこと…
トキオは顔を上げて、天を仰いだ。
-わっかんねえや…。訊いてみるしかねえか。勝手に想像して色々やっても、的が外れてたら意味ねえし。
顔を下ろすと同時に、トキオは溜め息をついた。
-こういうの、いちいち訊かなきゃわかんねえとこが一番嫌がられてんのかも知れねえなあ…
自分の靴先を見ながら、とぼとぼ歩く。
-エルフ同士だったら、こんなこともねえのかな…
トキオは頭を振った。
-考えんのやめとこ。わかんねえもんはわかんねえんだから。仕方ねえ。
顔を上げたものの、
-悩みがあるっつってたのも、やっぱ俺のことなのかも…
またすぐに視線が落ちる。
宿の入り口まで来て、トキオは深呼吸した。
-今日話した方がいいか、明日馬車ん中で話した方がいいか。
部屋に着くまで悩み続けたが、入ってみると、ティーカップはもう眠っていた。
相変わらず寝相がとてつもなく悪い。
いい加減寒くなってきているのに、蹴飛ばされたシーツが足元でぐしゃぐしゃになっている。
「仕方ねえなぁ、もー」
笑いながらティーカップにシーツをきっちりかけて、トキオはバスルームへ向かった。
*
髪を乾かしたトキオがベッドルームに戻ると、ティーカップは予想通り、またシーツを蹴飛ばしていた。「なんでだろうなぁこいつは」
ベッドに入ったトキオはシーツを引き上げ、ティーカップを抱き寄せた。
冷えてしまっている肩を掌で包んで、額にそっとキスをする。
-明日、馬車ん中に他の客が少なきゃいいな…
ゆっくり大きな息を吐いて、トキオは目を閉じた。