312.二本目

今日も今日とて、戦闘に関しては特筆するようなことはなかったのだが、
「ムラマサ!!」
最後の戦闘を終えて戦利品を鑑定していたブルーベルが、大きな声を出した。
「おーー」
口々に声をあげながら、メンバーがブルーベルの周りに集まる。
「これはどうするの?売る?」
ヒメマルが言った。
「かな。あ、イチジョウのムラマサは痛んでねえのかな?なんだったら、売る前に取り替えちまってもいいんじゃねえか」
トキオが訊くと、イチジョウは首を振った。
「刃こぼれひとつありませんよ」
「そっか、流石ムラマサだな」
「ほなそれ売って、お金山分け?」
「そう…」
クロックハンドの言葉にヒメマルが相槌を打ちかけた時、ティーカップがムラマサの前に手を出した。
皆の視線がティーカップに集まる。

ティーカップは何かを言いたそうに、口をほんの少し開いたものの、
「…なんでもない」
と、手を下ろした。
「あ、友達に売りたいとか?」
クロックハンドが言うと、ティーカップは手を振った。
「いや、違う。気にしないでくれたまえ」
「そうか…店に売るのと同じ値段で買ってくれるんなら、知り合いに売ってもいいな」
「お店で買ったら倍するんだし、その方がいいかもね~」
ブルーベルの呟きに、ヒメマルが同意する。
「誰か、侍でムラマサ欲しいって人、知り合いにいるか?」
トキオがメンバーを見回す。皆それぞれに侍の知り合いを思い浮かべてみた。
「キャドしか思いつかない」
「キャドさんかなあ」
ブルーベルとヒメマルが言うと、皆が頷いた。
「あんま侍の知り合いっていねえもんだな」
トキオが腕を組む。
「じゃあ、酒場でキャドさんに会えたら話してみようか~。会えなかったらお店に売っちゃおうよ」
ヒメマルの意見に、全員が賛成した。
*
地上に戻ったパーティが酒場の近くまで来た時、ちょうどキャドがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
キャドは早足で、時折振り向いて後ろを気にしている。
「声かけるよ」
ブルーベルが口を開いた時、キャドはいきなり全力で走り始めてパーティの横を駆け抜けて行った。
「ちょ…」
キャドの背を追ったブルーベルの視線を黒い影が横切り、直後、
「あぅあ!!」
キャドのおかしな叫び声が聞こえた。

キャドはロイドに捕まっていた。後ろから両腕ごとがっちりと抱き締められている。
「離せ離せ!!」
もがくキャドをパーティが呆然と見守っていると、
「何だお前ら、見てんじゃねえよ!!どっか行け!」
キャドは赤面しながら、やけくそ気味の声で叫んだ。
「…ムラマサが出たから、良かったら店売り値でキャドに売ろうかと思ったんだけど…取り込み中?」
ブルーベルが言う。
「いや買う、売ってくれ、っ離せって!」
キャドが暴れても、ロイドは腕を解こうとはしない。
「離したら逃げるだろ」
「金取ってこなきゃ買えねえだろうがよぉ!」
キャドは無駄な抵抗を続けている。
「今から食事して解散だから、それまでにお金持って酒場に来て。来なかったら店に売るから」
ブルーベルはそう言って、キャドに手を振った。それを合図にパーティが酒場へ歩き始めると、
「売るなよ、行くからな!」
後ろからキャドの大きな声が聞こえた。


「…あれって、どういう関係だ?」
少し離れてから、トキオが疑問を口に出した。
「片思いなんでしょうかね」
イチジョウが首を傾げる。
「でも、前にあの二人、デートっぽいことしてたよ~」
ヒメマルの情報は、そのまま夕食時の話の種になった。

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