311.本屋

朝になると、雨は上がっていた。
集合してから10階へ降りるまでの主な話題は、明日の予定についてだった。
「俺達は工房行ってくる」
トキオが言うと、クロックハンドがにまりと笑った。
「デートなんや、ええね~」
「まあなー」
トキオも緩んだ顔で応える。ティーカップの悩み(?)のことが気になっているので、デートだからといって手放しで喜べるわけではないのだが、馬車の中で長い間話すうちに、その辺りのことも何かわかるかも知れない。
「俺は特に予定ないなあ。のんびりするわ」
クロックハンドは両腕を上げて、伸びをした。
「俺はウィンドウショッピングかなあ~」
ヒメマルが言う。
「ということは、ベル君は潜るんですか?」
イチジョウが訊くと、ブルーベルは頷いた。
「ちょっと買い物したら、潜りに行くつもり」
「私は多分、潜りっぱなしですね」
ブルーベルの答えに頷き返して、イチジョウが言った。
「もう結構お金溜まってるんじゃないの?」
ヒメマルに言われて、イチジョウは首を振った。
「あればあるほどいいですから。もっと溜めますよ」
「たまには息抜きした方がいいと思うけどなあ~」
「結構楽しいんですよ。オスカー、ダブルの両人と一緒ですから」
イチジョウは笑った。

「ダブルはまだこの街出ねえの?」
トキオが訊く。
「アーチャーギルドの滞在期間が延びたみたいですね。この近くの森で、弓を作るのにいい木材があるんだそうで、その関係だとか」
「そうかぁ」
トキオは少しほっとした。ダブルに会えなくなるのは、やはり淋しい。
「彼はもう、色々と弓の勉強を始めてるみたいですよ」
「弓って面白そうだよなぁ」
トキオはカーニバルの時に見た、アーチャー達が様々な弓で戦う姿を思い起こした。
「ダンジョンでは扱いが難しそうですが、野外で狩りをする時にはかなり便利そうですね」
「相手の射程外からでも、ダメージ与えられるんだもんな。俺も勉強しよっかな」
「忍者が矢筒と弓を持ったまま戦うのは難しいぞ」
ティーカップが横目でトキオを見た。
「あーー、そうか…」
「他の技術に目移りする前に、宝箱を100%安全に開けられるようになりたまえ」
「うん…」
トキオはがくりと項垂れた。イチジョウが笑う。
「そうですね。私も弓には興味がありますが、その前に侍の道を極めないと」
「俺は忍者道ほどほどでええから、早よ錬金術の勉強したいわー」
クロックハンドが言うと、
「本とか持ってないの?」
ブルーベルが反応した。
「うんー、ミカヅキは持ってへんっちゅうし、メイジギルドとかビショップギルドの書庫は、短い時間しか貸してくれへんのに結構ええ金とりよんねんて」
クロックハンドの口がアヒルになる。
「リーダー、この街には専門書を色々置いてるような本屋はないのかな」
ブルーベルがトキオに訊く。
「…えーと…、あるかも知れねえけど…」
訓練所に入るまではろくに本を読んでいなかったトキオは、街の本屋のことをよく知らない。
「本屋のことはわかんねえわ」
トキオは素直に手を振った。

「んじゃ…、そうだ、バベルなら持ってるかも」
ブルーベルが言うと、ヒメマルが渋い顔をした。クロックハンドは数秒かけて、バベルが誰なのかを思い出したようだ。
「あー、あの顔色悪い医者の兄ちゃん?」
「うん。俺も興味あるし、明日、バベルのとこ一緒に行ってみようか」
ブルーベルの提案に、クロックハンドは何度も頷いた。
「行く行く」
「俺も行く~」
ヒメマルが言うと、ブルーベルは軽く手を振った。
「ヒメうるさいから、来なくていい」
「そんな~」
ヒメマルはふくれてから、クロックハンドに顔を寄せた。
「バベルさんてね、やらしいから気をつけた方がいいよ」
「え、やらしいてなになに」
クロックハンドが興味津々で訊き返す。
「本は貸してあげるけど、代わりに…とかいって、何されるかわからないよ~」
「えー」
クロックハンドは腕組みして、考え込んだ。
「うーん、うーん、どないしよ。好みとちゃうからなあ…」
ブルーベルがクロックハンドの肩にポン、と手を乗せた。
「そういうこと言ってきたら、俺が二人分こなすからいいよ」
「良くないよ!!!」
ヒメマルが反射的に抗議する。
「とりあえず行こうよ」
「せやな、行くわぁ」
ブルーベルとクロックハンドは頷きあった。
「聞いてよ~~~」

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