310.バス

ティーカップは、トキオの後に入れ替わりでバスルームに入った。
シャワーのヘッドを引っ掛ける為の場所に、雨避けに使ったシートが掛けてある。
ティーカップはシャワーで手足を温めながら、それをしげしげと観察した。
随分大きい。以前使ったものと同じようなシートなのだろうが、端にいくつかのボタンがついていて、ボタンホールもある。
-これはもともと敷いて使うものじゃないのか?ボタン?
じっと目を寄せてよく見ると、後からつけられたもののようだ。
-トキオがいじったのか。
今日のような使い方をするのなら、端が留められる方が何かと便利だ。あらかじめ取り付けておいたのだろう。
ティーカップはしばらくシートを見つめて、軽い溜息をついた。
*
「何やっとんや、風呂入らへんのか」
部屋に入るなり歩きながら服を放り投げていたクロックハンドは、じっと立っているミカヅキに言った。
「一緒に入るのはちょっと…無理だ」
ミカヅキが遠慮がちに言う。
「風邪ひくがな」
「眼鏡をかけたまま入るわけにいかない。目に貼るレンズは持ってきていないし、待っている間、ちゃんと体は拭いておくから大丈…」
「眼鏡はずしたらええやないかもー」
全裸のクロックハンドはミカヅキにずかずかと近付いて、ミカヅキの手を引いた。
「はずしたら我慢出来ない」
ミカヅキは足を踏ん張り、首を振った。
「そんなもん目え閉じるなり逸らすなりしたらええやないか、早よせえ、寒いがな!」
クロックハンドに強く言われて、ミカヅキは困った顔のまま、頷いた。
「わかった…」
「先入っとるわ、ちゃんと来いや」
クロックハンドはミカヅキの手を離すと、バスルームに飛び込んでいった。
ミカヅキは深呼吸をひとつして、服を脱ぎ始めた。
*
「薄いのでいいから、レインコートは一枚買っとかなきゃ駄目だな」
バスタブの中で、ブルーベルは背もたれにしているヒメマルに言った。
「荷物は増やしたくないけど、仕方ないね~」
「めちゃくちゃ寒かったよ」
ブルーベルが地下から戻った時には、地上は土砂降りになっていた。ブルーベルはその場で古いローブを羽織り、例の高級な服を全て脱いでザックに入れて帰ってきたのだ。
「しっかり温まらないとね」
ヒメマルは後ろからブルーベルの肩を包むように抱き締めて、頬を寄せた。
「あ…これ、寝そう…」
ブルーベルが呟く。
「寝ていいよ」
ヒメマルは、ブルーベルの頬に柔らかくキスをした。
*
「ああ、いい湯加減ですね~」
「だろー」
「はぁ~」
イチジョウ、ダブル、オスカーは、3人で広々とした湯につかり、くつろいでいた。
ダブルが共同浴場に行くというので、イチジョウとオスカーもたまにはと一緒についてきたのだ。浴場は、イチジョウやオスカーが使ったことのない、簡易寝台中心の質素な宿屋街の奥の方にあった。湯船や床、洗い場もほとんど石造りで、かなりの広さだ。数十人が同時に利用しても特に問題はなさそうである。

「開放感がいいですね。たまに来ようかな」
オスカーが広い浴場内を見回して言った。
「一人で来たらナンパされるぞ」
ダブルが笑う。
「そういう所なんですか?」
イチジョウが訊くと、
「いやー、そういうとこじゃねえはずなんだけどなあ。何回かされたし、俺もしたことある」
ダブルはカラカラ笑ってから、声をひそめた。
「イチジョウ追っかけてる連中は、こういうとこにもちゃんとついて来て、見張ってんのかね?」
イチジョウが思案顔になる。
「…来てるんじゃないでしょうか」
「ナンパされてるかも知れませんよ」
オスカーの言葉でその様子を想像してしまい、3人は大笑いした。

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