283.目標
やはりパーティで潜るよりも、少人数で死の指輪を持ち帰る方が効率よく稼げる。イチジョウは夜のパーティには入らず、オスカーと2人で潜るつもりだった。宝箱は相変わらず力押しで開けるつもりだったのだが、出発前に偶然会ったダブルが合流してくれたおかげで、かなり無駄が省けた。
「本当に助かりました」
ダブルと共に自室に戻ったイチジョウは、貯蔵庫からとっておきの酒を出してきて、ダブルのグラスになみなみと注いだ。
「何回も言わねえでくれよ」
ダブルは笑って、注がれた酒に口をつけた。
「おぅ、不思議な味だなあこりゃ。口当たりは水みてえなのに、あとからフワーッときてよ」
「口に合いますか?」
「うまい」
「良かった」
イチジョウは自分のグラスにも酒を注ぎ、ダブルの対面の椅子に座った。
「なんか毎晩泊まっちまってるけど、邪魔なら言ってくれよ?」
ダブルが言うと、イチジョウは首を振った。
「むしろダブル君こそ…泊まりたいところがあれば他に泊まってくださいね」
「…んー…」
ダブルは腕を組んだ。
「フリーのダブル君を独占するのは悪い気がしますし」
思案顔のダブルを見て、イチジョウは軽い口調で言った。
「いや実は…ちょっとなぁ」
ダブルは組んだ腕をほどいて、膝の上に置いた。
「あんたのこと好きになっちまいそうで、それがまずい、ってのはある」
笑うダブルに、
「…それは嬉しいですね」
イチジョウの表情が綻ぶ。
「ブレーキ効くうちに、距離とっといた方がいいような気がするんだよな」
ダブルは笑いを含んだままの貌で、しかし真剣に言った。
「そうですね…。こんな状況でなければ大歓迎なのに、残念です」
イチジョウは静かに頷いた。
「ダブル君は年上と年下、どっちが好きですか?」
声のトーンをがらりと変えて、イチジョウは明るく言った。
「年にこだわりは別にねえなあ。でも、年上は付き合ったことねえかな?」
「ふむ」
イチジョウは顎に片手をあてた。
「ダブル君には年上の方が合いますよ」
「え、そう…か?」
ダブルは驚いた。そんなことを言われたのは初めてだ。
「なんでそう思う?」
ダブルはテーブルに体を少し乗り出した。
「ダブル君を見てると、たまに、無性に抱き締めたくなる時があるんですよね」
「…ぇえ?」
イチジョウから目をそらして、ダブルは照れくさそうに頭を掻いた。
そんなことを言われたのも初めてだ。
「そういう時、ダブル君にはずっと年上の、包容力のある人が合うんじゃないかなと」
そこまで言って、イチジョウはふとクロックハンドの言葉を思い出した。
「俺じゃあかん」
-…そういうことか。
クロックハンドも、同じことを感じたのかも知れない。
「…思うことが結構あったんですよ」
イチジョウが言い終わると、ダブルは思案顔になった。
「ずっと年上ってなあ、考えたことなかったな」
「これから先、機会があればそういうパートナーを探してみてもいいんじゃないでしょうか」
「んだな、何事も経験しなきゃもったいねえ」
ダブルはニッと口の両端を上げた。
「俺が入ることになってるアーチャーのギルドってのがよ、本拠地に戻れば、下はハタチから上は四十代までいるらしいんだよ。丁度いいかも知れねえな」
「それはいいですねえ、よりどりみどりじゃないですか」
「だろお。みんないい身体してるだろうしなあ」
ダブルはカラカラと笑う。
「新しいスキルを一から勉強するというのも、楽しみですよね」
「うん。武器使う職業ってのは、やっぱ憧れてたからなぁ。コレでこの年から始めるのは難しいもんかも知れねえけど、やれるとこまでやってみるわ」
ダブルはバンダナで覆われた顔半分を指しながら言った。
「私も、逃げ切ったら何か始めてみましょうかね」
「そりゃいいな。目の前の問題ばっか見てると疲れるからよ。遠くにもなんぞと目標置いときゃあ、たまにそっち見て気分転換出来るしな」
ダブルの言葉に深く頷いて、イチジョウは酒をあおった。