282.意外

町の明かりは遠いが、大きな月が星の数を少し減らしているようだ。
ブルーベルは食後すぐに潜りに行ってしまった。久しぶりに円形土砦跡に寝転んで晴れた夜空を見上げていると、
「うわびっくりした」
頭の上から声がした。

「そないぺったんこなっとったら危ないで、そのうち踏まれるで」
クロックハンドはヒメマルの頭の近くにしゃがみこんだ。
「気持ちいいよ~」
ヒメマルは呑気な声で言う。
「わかるけどやなー。ここ斜面やし、下りてくる人から見たら結構死角になっとんで、寝っ転がるにしても場所考えな」
そんな会話を交わして、2人は踏まれないような位置まで移動した。

「ヒメちゃんらは、ほんま仲ええなあ」
ヒメマルと一緒に草の上で大の字になったクロックハンドは、しみじみと言った。
「まあね~」
ヒメマルは満面の笑顔で答える。
「トキオとティーもええ感じやしなあ。楽しそうやな~」
「クロックは恋人作らないの?」
「ぅうんん~…」
クロックハンドは唸った。
「ヒメちゃんらってさあ」
「ん~?」
「好きになったんどっちから?」
「俺だよ~」
「ベルちゃんのどういうとこが好き?」
「そうだね~。見た目はもちろん好きなんだけど、中身も好きだよね~。なんでもはっきりしてるところとか、マイペースなところとか、エッチなとことか~」
「エッチなん?」
「エッチだよ~」
ヒメマルは楽しそうに笑った。

「ベルちゃんもヒメちゃんのこと好きやったん?」
「いやー、いっぺん、はっきり好みじゃないって言われたよ」
「そうなんや?そんで、なんで付き合うことになったん??」
「口説き方が良かったのかもね~」
「どんな風に口説いたんな」
「それは秘密~」
「気になるやんかー」
「じゃあね~、パーティ解散する時に、ブルーベルにまだふられてなかったら話すよ」
「ふられたら、教えてくれへんのかいな」
「教えな~い」
「生殺しやんかー。ふられんよう頑張ってやっ」
「頑張ってなんとかなることと、ならないことがあるからね~」
「えらい悲観的やなあ、今の2人見とったら別れるようなことはなさそうやけど」
「…今は今だよ…」
ヒメマルの声が少し沈んだ。

「でも、街出てからも、2人で一緒に行動するって決めてるんやろ?」
「それまでに俺がふられてなかったらね」
「…なんやら、えらい後ろ向きやんか。ふられるような兆しでもあるんかいな?」
「…」
クロックハンドは、答えを返さないヒメマルの横顔を見た。
笑ってもいなければ悩んでいるような表情でもなく、ヒメマルはただ、ぼんやりと空を眺めている。
「やっぱりさ」
そのままの顔で、ヒメマルが口を開いた。
「惚れた側って弱いじゃない。いつでも不安なもんだよ~」
「…んまぁ、それはそうやけど…」
クロックハンドが続きを言う前に、ヒメマルが体を起こした。
「冷えてきたから、そろそろ戻るよ」
いつもの愛想のいい笑顔でそう言って、ヒメマルは立ち上がった。
「そやな、俺も帰るわ」
クロックハンドも立ち上がって、尻を払う。

連れ立って宿の方角へと歩きはじめてすぐ、ヒメマルが足を止めた。
「あれ~?」
「どないしたん?」
クロックハンドも立ち止まって、ヒメマルが見ている方向に視線をやる。
斜面の陰になるような場所に、男が2人、腰を下ろしていた。こちらに背中を向けていて、顔は見えない。
1人が座っている後ろから、もう1人が抱き締めているような格好だ。明らかに『友人』という位置関係ではない。
「知ってる人かいな?」
「…うん、多分」
「なんか気になるん?」
「いやぁ、ちょっと意外だったから、びっくりしてさ」
「意外なカップルなんや?」
クロックハンドが言うと、ヒメマルは不意に早足で歩き出した。追いついたクロックハンドに、ヒメマルは小さな声で話しはじめた。
「あの2人、狼男なんだけどね…」

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