284.似てる
「俺ってさ、独占欲強くて、やきもち焼きで、心配性なんだよ」ベッドに腰掛けたトキオは、テーブルを占領して武具の手入れをしているティーカップに向かって、おもむろにそう切り出した。
ティーカップはトキオをちらりと見ただけで、手入れを続けている。
「だから、ビアスと2人でどっか行かれたりするのは、その…、気持ち的にきついっていうか…なんつうか」
トキオは眉を寄せた。色々と言い方を考えていたのだが、上手く説明出来ない。あのモヤモヤとした感情を、どう表現したらわかってもらえるだろう。
「君は、恋人が出来たら友人とは出かけなくなるのか?」
ティーカップが手を動かしながら言った。
「そりゃよ、相手がただのダチならそこまで気にしねえんだけど、」
「ただの友人だ。何度言わせるんだ」
「でも、付き合ってた相手だろ」
「昔の話だ」
ティーカップの声が、呆れを通り越して少し怒っている。
「…、けどよ…お前さ、好みのタイプは自分自身だって言ったことあるだろ」
「ああ、言ったな」
「それも、ちょい気になってんだよ。ビアスって、お前に似てるし」
「ビアスが僕に似てる!?」
ティーカップは、珍しく表情豊かに反論した。
「どこが似てるというんだ、僕はあんなに大雑把じゃないし、単純じゃないし、間が抜けてもいないし、おせっかいでもないぞ!」
ひと言ごとに声のボリュームが上がっていく。よほど納得出来ないらしい。
-ビアスって、間が抜けてんのか…?
意外に思いつつ、トキオは小さく言った。
「でも、ビアスと組んだ時、お前と似てるような感じがして」
「エルフというだけで似てるような気がしたんだろう、先入観にとらわれすぎだ、これだからヒューマンは!」
ティーカップは、手にした剣の鞘の先をトキオに向けて、ぶんぶんと振った。
「君は僕のどこを見てるんだ!!?心外だ、見当違いにもほどがある、むしろビアスは君に」
そこまで言ったティーカップは、鞘を下ろすと、テーブルに向き直った。
「君に似てる」
「…俺、ビアスに似てんのか?」
そのまま鞘を磨きはじめたティーカップに、トキオが訊く。
「多少だがね」
内臓がぎゅっと縮むような感触をおぼえて、トキオは腹に手をあてた。
「…ビアスに似てるから、俺と付き合うことにしたのか?」
「そんなことは言ってない。ビアスが僕に似てるなんてあまりに的外れなことを言うから、君の方が"まだ"似てると言っただけのことだ。こだわるな」
「…」
こだわるなと言われても、気になる。が、この話を引っ張ると機嫌を損ねそうだ。
「…とにかく、…」
話を戻そうとして、トキオは口をつぐんだ。
どれだけ上手く説明出来たとしても、結局「友達だ」のひと言で終わるような気がしたのだ。
「いいや」
呟いて、トキオはベッドに潜り込んだ。
-やっぱ俺が平気になるしかねえんだろな。
壁際に寄って、トキオはシーツの中で丸まった。
-友達だっつってんだから、友達なんだよ。妬く必要ねえんだよ。妬くほうが間違ってんだ。もっと大人にならなきゃよ。
シーツの持ち上がる感触と共に、背中がすっと寒くなった。ティーカップもベッドに入ってきたようだ。
-俺がビアスと似てるってのも、気にしなくていいんだよ。付き合う相手に共通点があるのって普通だしな、そういうのを好みのタイプっていうんだし、
「トキオ」
背後から呼ばれて、トキオは自己暗示を中止した。
「君がそっちを向いてると眠れない」
「…ん」
トキオが仰向けになると、いつものようにティーカップの腕と頭が胸に乗ってきた。
-…そう、だよな。
ティーカップの柔らかい髪を頬に感じて、トキオは目を閉じた。
-今こんだけ側にいて、付き合ってんのは俺なんだもんな。もっと自信持たねえと。…、自信…
トキオは目を開けて、胸元にあるティーカップの顔を見下ろした。
「ティーカップ」
声をかけると、ティーカップは伏せかけていた睫毛を上げて、トキオの方を向いた。
「…あの、…キスして、いいか」
遠慮がちに言うトキオを見て、ティーカップは笑った。
「駄目だと言ったら、しないのか?」
「…、」
トキオはティーカップの頬に手を沿えると、唇を重ねた。
空いた右手で肩を抱え込み、頬に置いた左手を頭に回して完全にティーカップを抱きすくめると、舌を深く差し入れた。
ティーカップが息苦しさで眉を顰めるほど長い間、何度も何度も柔らかい舌と口腔を貪って、やっと唇を解放した。
すっかり上気した顔でトキオが見つめると、ティーカップは小さく笑みを浮かべた。
トキオはティーカップを再び抱き締めて、頬にキスをした。
そのまま首筋を食むようにキスを続け、唇が鎖骨に至って胸元のボタンに指を伸ばしたところで、手首を掴まれた。
トキオが顔を上げると、
「そんなに急ぐな」
嗜めるような声で、ティーカップは言った。
「でも…、」
狼狽するトキオに、
「性急に関係を進めるのは好きじゃない」
ティーカップはやや強めの口調で続けた。
トキオは困惑した。下半身はもう完全にそういう状態だし、強い衝動が全身を突き動かしていて、とてもここでやめられるような状況ではないのだが、今までのことを考えると、ティーカップの「好きじゃない」は、「嫌い」と同じぐらい強めの拒絶のような気がする。
強引にことを進めれば、間違いなく嫌われる。
激しい葛藤に苛まれ、トキオは唇を噛んだ。