276.緊張不足
目にずっと濡れタオルを乗せていたのだが、腫れが少し残ってしまった。朝の集合時にイチジョウが照れくさそうに挨拶したのを見て、パーティは彼の瞼について誰もつっこまず、地下に下りた。
*
「初手の速度のばらつきは何か意図があってのことか?」睨むような目つきでティーカップが言ったのは、やはり三戦目を終えた時だった。
「あ…いや…」
トキオは悪戯を見咎められた子供のように、身体を縮めた。
「今日は全部あのぐらいのタイミングでいくのか?」
「えっと…、意識してやってんじゃないから、わかんね…」
「俺開けるでー」
取り込み中と判断したクロックハンドがそう言って、置かれたままの宝箱の前にしゃがみこんだ。
トキオは俯いて唇を結んだ。
前衛は、お互いの動きの癖をテンポやパターンとしてとらえて動いている。
トキオはいつもと同じように戦っているつもりなのだが、他の2人は微妙な違いを感じているのかも知れない。
-集中できてないもんな…
帰ったらティーカップとしっかり話すのだ、という予定がずっと頭の片隅にあって、気持ちを探索向きに100%切り替えられていないのだ。
トキオはクロックハンドの横にしゃがみこんで、小声で訊いた。
「俺、いつもと違うかな」
「んー、違うちゅうたら違うんかも知れんけど」
クロックハンドはチャカチャカと罠をいじりながら答えた。
「たいしたことないと思うで。これ爆弾かなあ?」
クロックハンドは振り返って、後ろにいるイチジョウを見上げた。
イチジョウは欠伸の真っ最中で、
「失礼」
急いでかみ殺すと、カルフォをかけた。
「爆弾ですね」
「はいよ~」
クロックハンドは道具を取り替えて、罠をはずしにかかった。
「トキオの微妙な違い気になるんはティーぐらいやと思うで。ティーなりに心配してんとちゃうの~?」
「…」
トキオは、ちらりとティーカップを見た。
どう分類しても、怒っている、もしくは呆れているというカテゴリの表情だ。
-心配はしてねえと思う…
膝を抱えて足元を見た時、爆音と共に吹き飛ばされた。
「あいたー久々にやってもた~」
後転でんぐり返りの途中のようなポーズで、クロックハンドが言う。
「珍しいね~」
ヒメマルが歩み寄って、マディをかけてやる。
床を転がって壁で腰をしたたかに打ったトキオは、
「っつぅ~」
押さえた部分に自分でディアルマをかけ、よたよたと立ち上がった。
「全体的に、緊張が少々足りてないんじゃないか」
ティーカップが皆を見回し、両腰に手をあてて言った。
「そうですね、気を引き締めないと」
イチジョウは目を閉じ、眉間をつまんだ。
「こういう時に全滅するんだろうな」
宝箱のアイテムを識別しながら呟くブルーベルの横で、ヒメマルが頷いた。
「慣れが一番の敵だからね~」
「シャキっとせないかんわ」
クロックハンドが自分の頬を両手でパンパンと叩く。
「うん」
トキオも深呼吸する。忍者はいつでも死と隣り合わせだということを、忘れかけていた。
「はずれ」
ブルーベルが識別済みのアイテムをヒメマルに渡す。
「じゃ、進むかっ」
気合を入れたトキオの声に、いつもより力の入った了解の応答が返ってきた。
移動しながらトキオは隣のティーカップを見る。
パーティを組んだ当初は無茶ばかりしていたが、最近はそういった行動を見ない。
流石に、10階で勝手な行動をとるのは危険だと感じているのか。
-でも、浅い階でも経験少ないうちは危ないんだしな~。浅けりゃ、全滅しても回収してもらえるからか?
そこまで考えてみて、こういう軽い疑問を以前はよく口にしていたのに、このところ言いづらくなっていることに気付いた。
-意識しすぎなんだよな…
次の部屋の扉が目に入る。トキオは気持ちを切り替えた。