275.ネクロマンサー

「正確に言うと、ササハラの死に立ち会ったのは俺の友人なんだけどね」
患者用の椅子に座っているイチジョウに、バベルはハーブティーを持ってきた。
イチジョウが礼をして受け取る。
「その友人はこのへんでは珍しいネクロマンサーでね。知ってる?ネクロマンサー」
「…よく知りません」
イチジョウは素直に首を振る。
「簡単に言えば死人使いだ。死体からアンデッドを作って、使役する人」
バベルは自分のハーブティーをゆっくり飲んだ。
「この街はネクロマンサーにむいてないんだ。もし死んでもみんな蘇生を試みるだろ。蘇生に失敗したらしたで灰になる。材料になる死体が滅多に手に入らないって、友人は常々嘆いててね」
イチジョウは曖昧に頷くことしか出来なかった。地下でアンデッドと戦闘したことは何度もある。

肉体の持ち主はとうにこの世にいないのに、腐った抜け殻だけが他の力で動いている-…以前は人で、今はヒト型の怪物に成り果ててしまったもの。
生前の姿を多く残しているアンデッドと遭遇すると、その家族や恋人のことを思う。
イチジョウは、アンデッドは死者の尊厳を汚す存在だと常々感じている。
死体を道具のように使役する友人の話などされても、嫌悪感がつのるばかりだ。

「で…いつも死体を探してるその友人が、街外れで決闘に出くわした」
「…」
イチジョウの中に、嫌な予感が芽生える。
「忍者と侍が一騎打ちをしていたそうだ。友人は物陰からそれを見物して、敗者が死ぬのを期待した。冷めるよ」
バベルは視線でイチジョウにハーブティーを飲むよう促したが、イチジョウは黙って首を振った。
「結果、侍が負けて、命を落とした」
「…それが」
イチジョウの声が擦れる。
「ササハラだったわけだ」
バベルが頷いた。イチジョウの予感は悪い方へと膨らむ。
「友人は、勝った忍者と長い間交渉して、侍の体を譲り受けた」
イチジョウの体中から血の気が引いた。

「勝った印なのか、忍者は侍の片腕を持って帰ったそうだ。…大丈夫かい」
イチジョウはハーブティーを診療用の固いベッドに乗せ、震える手を膝に置いた。
バベルが続ける。
「友人は喜んで死体を持ち帰って、俺にこう連絡してきた…」


『 いい死体が手に入った。新しい化け物を作るから見にこいよ 』


「うわぁああああああああ!!!!!!!!!!」





「悪かった。趣味の悪い話し方をした」
絶叫で思考を止めて、魂が抜けたように呆けているイチジョウの肩を、バベルは優しく撫でた。
「死体の専門家だけに、体の保存は完璧だった。あれはカントより上かも知れないな」
「…」
イチジョウの頭の中は、声を聞いて、その文字をただ浮かべるだけの状態になっている。
「早い話が、蘇生できる状態だった」
バベルが背を曲げ、イチジョウに顔を寄せる。イチジョウは僅かに反応した。
「だから蘇生させてくれるよう頼んだよ。俺だって、知り合いがアンデッドになるのを喜ぶほど悪趣味じゃない」
「…それで…」
擦れきった声で訊く。
「交換条件を出されたけどね。無事に蘇生した」
バベルは身体を起こして、ハーブティーを飲んだ。
「…あ…」
「片腕はどうしようもなかった。でも他の問題は何もない」
「…生きて…、」
「ササハラは生きてる」
イチジョウの全身から力が抜ける。滞っていた血が、再び身体を巡り始めた。


「そんなわけで、蘇生したササハラから、君たちの事情を全部聞いた」
初めてハーブティーに口をつけていたイチジョウが、カップを下ろした。まだ少し指が震えている。
「状況を考えると疑って当たり前だけど、ササハラは本気で君のこと好きだったよ」
「…彼は、今どこに?」
「しばらくここで匿ってたけど、こないだカイルと一緒に魔方陣で遠い所へ飛んだ」
「どこへ…でしょうか…」
「約束でね。遠い所としか言えない」
イチジョウは項垂れた。
「ササハラから、二つ伝言がある」
バベルは眼鏡のブリッジを指で軽く上げて、イチジョウを見た。
「なんでしょう」
イチジョウが身を乗り出す。
「騙していたこと、本当に申し訳ありませんでした。っていうのがひとつめ」
バベルは人差し指を立てた。
「私は死んだものとして、お忘れになってください。っていうのがふたつめ」
「…」
立てられたバベルの二本の指を見つめてから、イチジョウは目を伏せた。

「色々…、ありがとうございます」
居住まいを正し、イチジョウは深く礼をした。

後悔が消えたわけではない。ササハラにも大きな傷を残してしまった。
しかし、自分が死なせたという最大の呪縛からは解放された。

もう出ないと思っていた涙が、ひと筋落ちた。

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