275+.交換条件(2)

奥の部屋は広く、大き目のテーブルには様々な薬品が置かれ、石床にはいくつかの石櫃が並べられていた。
「これだ」
ジョイが指した櫃の蓋を、"手下一号"がゆっくり開ける。
遺骸を覆うシーツをジョイがめくると、見たことのある男の、青白く静かな顔が現れた。
「若いし、鍛えてるし、かなりいい感じだよ。これで腕があればなあ」
「腕?」
問い返しながら、カイルは棺を覗き込んだ。確かに左腕が肘の下あたりまでしかない。
「殺した奴に持っていかれちまった」
ジョイは残念そうに、ふっと息をついた。
「…そうか」
「ま、なんか適当にくっつけるよ」
やっぱ定番はフックかなー、などと呟きながら、ジョイは頭を掻いた。

「…身体を」
カイルは思わず口を開いていた。
「うん?」
ジョイが横にいるカイルを見る。
「死人の身体を材料にすることに、罪悪感はないか?」
愚問だと思いながらも、訊かずにはいられなかった。
「革のブーツを履く時に罪悪感はないだろ?」
ジョイは特に表情を変化させず、カイルに素朴な視線を返した。
「…なるほど」
カイルは頷いて、ジョイからササハラへと視線を移した。
ジョイにとって、動物の革を材料に靴を作ることと、ヒトの身体を材料に僕を造ることは大差ないのだ。
-無理だ。
カイルには、この身体がただの材料や部品だとはどうしても思えない。
自分はこうしたことにはもっと冷静に対応出来ると思っていた。身体を見るまでは、断る選択肢も持っていたのだが。

カイルは"手下一号"に目をやった。
石櫃の横に、今はただ棒のように虚ろに立っている-かつて人だった何か。

再び棺の内を見つめて、
「…蘇生を先に」
カイルは言った。
*
無事に蘇生したササハラの側にバベルを残し、カイルはジョイに従って部屋を出た。
案内されたベッドルームは暗かった。ベッドから少し離れたテーブルに立ててある燭台だけが光源だ。

着衣をすべて脱ぎ、カイルがベッドに体を横たえると、ジョイはカイルの両手首に鎖のついた皮の枷をつけて、ベッドの両端にそれぞれ固定した。
-逃げるつもりはないのだが…
と考えてから、
-こういう趣向が好きな人間もいる、か。
カイルは1人で納得した。
「冷静だな」
ベッドサイドに立ったジョイが、カイルの顔を覗きこんで言った。
「動揺してどうなるものでもないだろう。早く済ませてくれ」
カイルの返事に頷いて、ジョイは体を起こした。
「やっぱりなー」
独り言のように呟くと、ジョイはベッドルームから出て行った。

数分して、ジョイはバベルを伴って部屋に戻ってきた。
-…行為を見せるつもりなのか?
カイルは僅かに眉を顰める。
が、ジョイは燭台の置いてあるテーブルの側に座り、バベルがベッドに近づいてきた。
「ふぅ…」
大き目の溜息をつくと、バベルは眼鏡をはずした。
「こんなことになるとは思ってなかったんだけどな」
胸のポケットに眼鏡を仕舞うと、バベルは上着を脱いだ。
「…何だ?」
「まず先に俺と寝ろって」
「!?」
カイルは体を起こそうとして、手枷に阻まれた。
「そんな話は聞いてない」
「さっき思いついた」
ジョイが遠くから言う。
「何の為に、」
「俺だけ盛り上がっても、淋しいし馬鹿みたいじゃん。ビツィの精液って興奮剤になるんだろ?」
カイルは絶句した。バベルの体質のことは知っているが、まさかそれを自分に使われるとは。
「こんなことなら、この話を受け」
「蘇生した後でそんなこと言うのは反則」
カイルの抗議を遮って、ジョイは口を尖らせた。

「…ビツィ、了承したのか」
カイルが抗議の目を向けると、バベルはタイを外して肩を竦めた。
「ま、仕方ない」
「…仕方ないで済むようなことじゃないだろう、貴方は私の」
「男同士だし、そのぐらい別にいいじゃないか」
ジョイは笑ってそんなことを言う。
「貴方は平気なのか」
共に暮らしたこともなく、父というには名ばかりの存在ではあるが、血の繋がりがあるのは間違いないのだ。
責めるような語調のカイルを見下ろして、バベルは言った。
「悪いけど、俺もジョイと同意見だよ」

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