271.優先順位
「ってもな、ダブルと話すとよ、俺もパキパキッともの考えられるようになるぞ!っていっつも思うんだよ。でも気が付いたらウダウダぐだぐだ考えこんでんだよなあ」頬杖をついてトキオが言う。
「自分が嫌われないようにとか、傷つかねえようにとか…保身みたいなことばっか先にきちまって、まるで駄目だ」
トキオはビールをあおって、息を吐いた。
「ダブルはそういうこと気にせずに、思ったら即行動って感じだろ」
「だな」
ダブルは笑う。
「そうなりてえんだけどなあ…」
トキオの頬が掌でひしゃげる。
「あのな」
ダブルはトキオに向かって座りなおした。
「多分、優先順位がちょっと違うだけだ」
「…優先順位」
トキオが反芻すると、ダブルは頷いた。
「お前さんは自分が傷つくのが一番嫌いで、俺は言いたいことを言いそこねたり、やりたいことをせずに後悔すんのが一番嫌いなんだ。そんだけだ」
ダブルの言葉を数秒かけて消化したトキオは、がくりと項垂れた。
「…傷つくのが嫌いって方が、かなりカッコ悪ぃ…」
「っはっはっはっは」
ダブルは笑って、再びトキオの肩を抱いた。
「でも傷ついた後、立ち直んのが大変なんだろ?かっこ悪かろうがなんだろうが、自分に合うように動いた方がいいと思うぜ」
「…」
トキオは唇を舐めた。
「俺さ…」
「うん?」
「本格的に傷ついたことってないと思う…」
「ほお?」
「傷つきそうなことからは逃げてばっかだったから…」
「んじゃあれか、傷つくこと想像してびびってんのか」
「うん…」
「っはっはっはっはっはっは」
ダブルは大笑いしてトキオの肩を叩いた。
「んじゃあ覚悟決めて、いっぺん思いっきり傷ついてみろ!性格変わるかも知れねえぞ」
「そ…そうかな」
「初めて剣持って化け物と戦った時、どうだった」
「え?」
急な質問に、トキオは目をしばたかせた。
「コボルトでも怖かったろ」
記憶を手繰ってみる。
「…うん…」
「今じゃ素手でばかでけえ悪魔と戦ってんだぜ」
「…」
トキオは自分の掌を見つめた。
「気持ちだってそんなもんだ。まっさらなうちはちょっと傷つくのも怖えが、積み重ねていきゃタフになれらぁな」
ダブルは肩に置いていた手をトキオの頭に置いて、わしわしと揉んだ。
頭を揉まれながら、トキオは見つめていた自分の掌の指をゆっくりと握り締めた。
「…ダブルも、もうすぐここ出ちまうんだよな」
「ああ、もうちっとしたらな」
「…もっと…、ずっと側にいて欲しかったな」
「えれえ口説き文句だな」
ダブルがトキオの頬に鼻を寄せる。
「…えぁ!?あ、いや、そういう、いやいや違う、違う」
トキオは赤くなって、慌てて手を振った。
「そんなに否定すんなよ」
ダブルはカラカラ笑った。
「俺んち女きょうだいばっかで、親父が結構早くからいなくてさ」
トキオは火照った頬を手の甲で交互に冷ました。
「ダブルの兄貴っぽい感じに憧れみてえのあるし、なんか甘えたくなるってか、いっぱい話聞いてほしいとか、もっと色々聞かせてほしいとか、だから側にいてほしいとか、そういう感じのこと言いたくて」
「お前なぁ」
「…う?」
二人称は"お前さん"が基本だったダブルに"お前"と言われて、トキオは少し体を縮めた。
「そういう言葉を好きな奴にもストレートに言やあいいんだよ、俺今ちょっとぐらっときたぞ」
「…一応…出来るだけ、言ってはみたんだよ…」
「言ったのか」
ダブルは目を丸くした。
「告って…OK…もらったんだけど、いきなり他の男とメシ食いに行っちまって…自信なくなってきて」
「ありゃまあ」
「そんで…ここでずっとイチジョウに愚痴聞いてもらってた…」
「しょうがねえなあ」
ダブルは笑ってトキオのビールを注ぎ足した。
「まぁとりあえず乾杯だ、乾杯!おめでとうさん!」
ジョッキを合わせた2人は、グラスそっちのけで本格的な酒盛りに突入した。