270.形

荷物は全て肩にかけ、左手首につけたカイルのブレスレットを右手で握りながら、イチジョウは早足で宿へ向かっていた。
内臓を締め付けるような感覚はまだ続いていて、時折息が詰まる。

ソウマの話を聞いた時、イチジョウの中には様々な想いが生まれ、形をなさずにゆらめいていた。
それを形にすることが怖くて、イチジョウは考えることを放棄した。
ダブルが何かと気を紛らわせてくれたこともあって、その想いは形になる前に静かに胸の奥に沈められていった。
だからこそ、数日でパーティに復帰出来たのだ。

今、沈んでいた想いはあっさりと浮かび上がって、イチジョウの中を埋め尽くしている。
グラスの何気ないひとことは、不意打ちに近かった。

-俺が、

曖昧にゆれていた想いが、はっきりした形をとりはじめた。

-俺が信じなかったから死んだ。

イチジョウは唇を噛んだ。
考えるのをやめようとしたが、出来なかった。

-信じられなかった。
-そんな行動に出るとは思っていなかった。

溜まっていた想いは次々と形を成し、胸の中で言葉になっていく。

-信じなかったから死んだ。
-本当に死んだのか?
-信じていれば死ななかった。
-元より騙していたのが悪いのだ。
-信じてやれば良かった。
-嘘かも知れない。

自責と保身、猜疑の言葉が際限なく生まれ、ずきずきと体中を走る。
絞られた体の中からこみ上げるようにして、涙が溢れ出してきた。

-このままでは歩けなくなる。
イチジョウは歯を食い締め、道を急いだ。
*
「座るとこ、ないんじゃないの?」
一旦買い物に出て、20時になって酒場に戻ってきたヒメマルは、横にいるブルーベルに言った。
「他のとこでなんか食べてきたら良かったな」
ブルーベルも肩を竦める。
「ピザにしようか」
ヒメマルは、壁際でピザを立ち食いしている人を指差した。立ったまま安全に食べられそうなのは、ピザぐらいかも知れない。
「そうだな」
頷きあって、2人は店内に入った。

グラスのいるテーブルの近くまで進んだところで、ヒメマルは肩を叩かれた。
「このへんのもんは全部送別会用の食い物だから、勝手に取っていっていいぞ」
チキンを片手にそう言ったのはキャドだ。
「あ、そうなの?じゃあ、いただいちゃおうか~」
「うん」
ヒメマルとブルーベルは、トッピングの少ないピザを手に取った。
「キャドは親衛隊抜けないのか?」
ブルーベルが訊くと、キャドは渋い顔でチキンを振った。
「適当にやめるつもりだったんけどな、金がかかりすぎる」
「だよねえ」
ヒメマルがしみじみと頷く。

「今日はテンション上がってる奴が多いから、攫われないように気をつけろよ」
キャドがブルーベルに言う。
「ヒメがいるから大丈夫だよ」
ブルーベルは笑った。
「そりゃ結構…」
言いかけたキャドは、急に険しい顔になり背後を見上げた。
「あ、ロイド」
ブルーベルが言うか言わないかのうちに、
「近寄るなって言ってんだろうが」
キャドが荒々しく喚いて、ロイドを突き放すように腕で押しのけた。
「話ぐらい聞けないのか」
ロイドは困惑の表情でキャドの腕を掴んだ。
「触んな」
噛み付きそうな顔でロイドの手と体を思い切り振り払うと、キャドは人ごみを崩すようにしてその場を離れて行った。

「…」
ロイドは眼鏡の奥で長い睫毛を伏せて、溜息をついた。
「何か伝言あるんなら伝えとくけど」
ブルーベルが言うと、ロイドは首を振った。
「直接話がしたいんだ」
ロイドは呟くように言い、キャドの後を追っていった。

「…あれってさ」
その後姿を見送った後、ヒメマルが口を開いた。
「うん」
「ロイドさんが好きなのはやっぱりキャドさん、ってことなのかなあ?」
「…どうなんだろ…」
「そうだとしたらさ」
「うん」
「正直に感想言っていい?」
「うん」
「面白いよね」
「…うん」
ブルーベルとヒメマルは視線を合わせて、笑いあった。

Back Next(番外編) Next
entrance