270+.解消(1)

「足を止めてくれないか」
「お断りだ」
「話をしたいだけだ」
「したくないねえ」
ロイドは早足で宿への道を進むキャドの数歩後を、同じ速度で追っていた。
「くだらないと思わないか?」
「何がだよ」
「そのコンプレックス」
キャドの足が止まった。

「あのなぁ。生理的に気持ち悪ぃからあんたに近寄らないだけだ。おかしなことぬかすなよ」
言いながら振り向いたキャドの手首を、ロイドが掴んだ。
「素直になれ」
「はぁん?」
キャドの表情が、敵意たっぷりに歪む。
「君は俺に会う度にコンプレックスを感じてる。自分でも気付いてるだろう」
「…だぁれが」
「そのコンプレックスとお互いの本能からくる嫌悪感、まとめて解消してしまわないか」
「…」
キャドは胡散臭いものを見るような目でロイドを眺め、首を捻った。

「そんなことが出来んのか?」
「君の協力次第だ」
「…」
キャドは今にも再び歩き出しそうだった姿勢を一旦崩して、ロイドの正面に立ち直した。
ロイドが、掴んでいたキャドの手首を離す。
「正直、うんざりしてたんだよ」
キャドは腰に両手を当てて、首を振った。
「あんたと会う度にムカムカすんのはな」
キャドは舌打ちして左の足先を苛立たしく上下させ、煙草を口に咥えたものの、火をつけずに箱に戻した。
苦い顔で大きな溜息をついたキャドは、
「わかってんだよ。…確かにあんたの言う通りだ」
忌々しげにそう言って、肩を竦めた。ロイドが静かに頷く。
「で?何すりゃいいって?」
*
落ち着いて話を出来る場所へ-というロイドの誘いで、キャドはロイヤルスイートの一室に迎えられた。
部屋の中には、ほの青い光が満ちている。
「この時間だと、窓からたっぷり月の光が入るんだ。ランプも点けるか?」
ロイドが言うと、キャドは首を振った。
「充分だ」
キャドは光の差し込んでいる壁際に歩み寄った。天井まで届く背の高い窓が並んでいて、壁よりも窓の面積のほうが広い。
「いい部屋だな…」
思わず素直な感想が出る。
「だろう。気に入って、ずっと使ってる」
ロイドが近づくと、キャドは、ぶるっと身体を震わせた。
「あんたが側にいるだけで、鳥肌が立ちっぱなしになるぜ」
「俺もだ」
「本当になんとか出来んのかい?」
キャドは窓の方を向いたまま、天井を仰ぐようにして、すぐ後ろに立っているロイドを見上げた。

「まず単純に、慣れが必要だと思う」
「…慣れ、ねえ。それはまぁ、あるんだろうな」
「あとはメンタルな…気持ちの問題じゃないかと思ってる」
「てえと?」
「お互いを他人だと認識してるから、拒絶反応が出るんじゃないかな」
「…つっても、他人だからなぁ?」
「友人になれないものかな」
「…友人ねえ…」
「君さえ良ければ恋人でも」
「…」
キャドは苦笑した。
「…あんた、案外面白いな」
「だろ?」
ロイドは笑って、窓から離れた。
「何か飲むか?」
「あればブランデー…、ストレートで」
「わかった」
ロイドが備え付けの貯蔵庫に向かう。キャドも窓から離れ、テーブルについた。

Back Next
entrance