270+.解消(2)
「一番気になるのは、臭いかな」差し向かいで飲みながら、ロイドが言った。
「あぁ、どんな臭いがするってわけじゃねえが、こりゃあ臭いだな。こんぐらいの距離になると、ほんっとたまんねえわ」
キャドは鳥肌でざらつく自分の首筋を、ゆっくり撫でた。
「コンプレックスの方は、今も感じてるか?」
ロイドが、長い前髪の奥からキャドを見つめる。
「…いや…」
キャドは肘をつき、指を軽く組んだ。
「なんか、どうでも良くなってきた」
口の端で笑って、キャドは肩を竦めた。
「なんなんだろうな、ほんのちょっと話しただけなのによ。今まで気にしまくってたのが馬鹿みてえだ」
「相手をよく知らないうちは、憎む方が簡単だ」
「それはまぁ、そうなんだろうけどな。こうあっさりじゃ…」
キャドは顎に指を当て、皮膚ごしに歯茎を押さえた。
「…なんか…歯が浮く」
「俺もずっとムズムズしてる」
ロイドが片手で軽く口元を覆った。
「なんだろうな?」
キャドが言うと、
「歯が何かを噛みたがってるのかもな。いい月だし、オス二匹がこんなに間近にいれば仕方ないのかも知れん」
ロイドは上下の歯を何度かカチカチと合わせてから、ぐっと噛み締めた。
「噛みあいでもするか?」
ロイドの提案を聞いて、キャドは笑った。
「勝てねえっての」
「ケンカするんじゃない、軽くさ」
「加減間違えたら血ぃ見るぜ」
「それも嫌いじゃないだろ?」
「…っは、」
キャドは首を振った。
「あんたの言うことは、どこまで冗談かよくわかんねえよ」
「全部本気だ」
キャドは肩を竦めて、ロイドから顔をそらした。
「なんでそんなにたっぷり前髪垂らしてるんだ?邪魔じゃねえか?」
キャドは片肘で頬杖をつき、手に持ったグラスに視線を置いた。
「考えてることが表情に出やすいんで、隠してる」
「結構感じ悪いぜ」
「…そうだな、君に隠す必要は別にないわけだし」
ロイドは眼鏡をはずし、重い前髪を全て後ろに流した。
露になった顔をちらりと見て、キャドは思わず笑いを漏らした。
「目つき悪ぃな」
「だろ。これじゃなかなか友達が出来ない」
ロイドが笑う。
「だからってダランと髪垂らしてちゃ暗い奴だと思われるだろ」
「暗い奴ならいいんだ。怖い奴だと思われるとパーティの口数が減る。その方が困る」
「なぁるほどな」
キャドは感心して頷いた。
「実際、あんたはもっと陰気な奴だと思ってた」
「よく言われる」
「こんなに喋るとは思わなかったぜ」
「時によりけりだ。話さなくていい時は話さないし、話したい時は気が済むまで話す」
浮く歯が気になるのか、ロイドは口元を押さえて、何度か強く歯を噛み合せた。
それを見ていたキャドは、首を捻った。
「よくわかんねえな」
「うん?」
「俺はあんたを嫌ってたけど、あんたは俺のことなんざ全然相手にしてなかったはずだ。無理してこんなに近寄る必要もないだろうに」
「話をしてみたくなったんだ」
「…なんでまた急に?」
キャドはロイドの表情を伺うように、片眉を上げた。
「急ってわけでもない。前から気にはなってた」
ロイドは2つのグラスにブランデーを注ぎ足した。
「当分、親衛隊を出る予定はないんだろ?」
「あぁ」
キャドは頷き、ロイドの顔を見たままでブランデーに口をつけた。
「俺もしばらくはここでゆっくりするつもりだ」
ロイドはグラスの縁を指で撫でた。
「決まったパーティがないなら、これからは一緒に潜らないか?」
キャドの口が、ぽかんと開いた。