270+.解消(3)

「いくらなんでも無茶だろ」
キャドは笑いとも溜息ともとれるような息を交えて、そう言った。
「そうか?」
「話してるだけでずっとこんなだぜ。側で戦闘なんか出来るかよ」
キャドは鳥肌のおさまらない自分の手首を擦った。
「今日明日には無理でも、慣れればなんとかなるんじゃないか?」
「慣れることが出来りゃあ、な」
「出来るだろ?」
「…へっ」
苦笑いした直後、キャドは背中を走る何度目かの悪寒に身体を震わせた。
「駄目だ、たまんねえ。そろそろ帰るわ」
残ったブランデーを飲み干して、キャドは立ち上がった。
*
キャドの部屋は、ロイドの宿とは別の建物にある。
外に出たキャドは大きく息を吐いて、空を見上げた。
-参っちまうよなあ。
今までロイドが近くにいるというだけで悪寒を感じていたキャドは、彼に対して、全てにおいてマイナス印象しか持っていなかった。
外見からしても暗くて気取った勘違い野郎で、絶対に気が合いそうにないタイプだと思っていたのに、実際に話してみたら-
-…ほんと、参っちまう…
友人に欲しいと思ってしまった。
キャドはひとつ軽い溜息をついて、歩き始めた。

髪を上げたロイドの顔が脳裏にちらつく。
濃いアイラインに縁取られた眼は、金色に近い飴色で、独特の光を持っていた。
-この感じ、何なんだろうな…
面と向かって話すまで、ロイドに会う度に心の中でざわつき続けていた何かが、今は小さく静かに眠っている。
代わりに、味わったことのない感情が生まれたようだ。
恋心などではない。敗北感でもないし、屈服や諦めでもない。
ただ素朴に、相手の存在を認めるような。
-よくわからねえが、悪い気分じゃねえやな。
キャドはポケットから煙草を取り出して、一本咥えた。

まだ歯茎にムズムズとした余韻が残っていて、強めに噛みすぎてしまった。
吸い口のつぶれた煙草を指で折り、空いているポケットに突っ込んで-キャドには後先を考えずになんでもポケットに突っ込むクセがある-新しいものを咥えなおす。
-噛みあおうとか言ってたっけか。
思わず苦笑して、火をつける。
-…結構、良かったりしてな。
相手が同じ欲求を持っていなければ出来ないことだ。興味はある。
-しっかし、あの鳥肌だけはなぁ。
側にいる間中、全くおさまらないのだ。気持ち悪くて、落ち着いて話も出来ない。
-ダチになってお互いの存在に慣れてくりゃあ、あれも無くなるのかねえ。
キャドはもう一度、空を見上げた。
大きな月から降り注ぐ光が、体中に染み込んでいく。
-いい部屋だったな…。他に同じような部屋はねえのかな。


建物の前で煙草を消して、キャドは自室への階段を上った。
ドアの向こうから数人の男の声がする。
部屋に入ると案の定、「パーティ」の真っ最中だった。
「お帰りCC~」
「遅かったじゃねえか」
「始まったとこだぜ、早く来いよ」
ベッドルームから次々と飛んで来る言葉に、攫われてきたらしい青年が泣きわめく声が重なる。
キャドは少し口の端を上げただけで、首を振った。
「よぉ」
服を着たままのアンバーが、ビールを片手に歩み寄ってきた。
「やっぱ、違うよな」
小声で言ったアンバーに、キャドは黙って軽く頷いた。

UK&GD、つまりアンバーとゲイルを誘って3人で遊んでいた時は、連れて来た相手が完全に拒否するようなら、無理強いすることは一切なかったのだ。
親衛隊の悪友達にこういった「遊び」のことを話してから、少しずつ内容が変わりはじめて、今ではなんでもありになってしまった。
キャドには多少のサドっ気があるが、合意の相手に対して幾分乱暴にプレイする程度のものだ。
本気で嫌がったり泣かれたりすると、心身ともに萎えてしまう。
自分達の行為を正当化するつもりはさらさらないが、これはもう、キャドが楽しんでいた「遊び」ではない。
「お前、部屋とってたっけな?」
キャドはアンバーに訊いた。
「あぁ、エコノミーだけど」
「泊めてくれねぇか」
「OK」
アンバーの返答を受けて、キャドはベッドルームに入った。
ベッドの上では、押さえつけられた青年が玩ばれている。
「この部屋ぁ来週いっぱいまで取ってあるから、好きに使いな。俺ぁ他所行くわ」
順番待ちしていた悪友の1人に鍵を渡すと、キャドはアンバーと一緒に部屋を出た。

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