192.プレゼント
バベルの知識量は、ブルーベルの好奇心の格好の餌食だ。主にブルーベルの質問にバベルが答えるという形で、２人はベッドに入ってから延々と話し続けている。
「召喚魔法はね、専門にしてる知り合いがいるよ」
「使える人？研究してる人？」
「研究して、使ってる人。紹介しようか。住んでるところ、ちょっと遠いけど」
「ほんとに！？すっごい嬉しいよ、ありがと」
心底嬉しそうなブルーベルの表情に、バベルの口元が緩む。
バベルは元々とても気が多いのだが、男性で一番好きなのはブルーベルのようなタイプだ。
中性的で利己的に見える、猫のような少年を見ると、ついつい食指が動く。
といっても相手を自分のものにしたい、恋人にしたいといった強い感情があるわけではない。
ただ好きなものを持ち帰って、少しばかり愛でたいだけだ。
「あいつは本当に恋人なの」
バベルは仄かな笑顔を保ったまま訊いた。
「ヒメマル？うん」
「どこがいいの」
「んー…」
ブルーベルは口元に、曲げたひとさし指をあてて思案顔になった。
「バカなとこ」
「バカなの？」
「頭悪いわけじゃないんだけど、なんかバカなんだよな」
「そこがいいの？」
「結構好き」
「ふーん。そういうとこ好きってことは、本当に好きなんだよね」
「そうなのかな」
ブルーベルは笑った。
「変なとこ好きになれるのは本物だと思うんだよね」
「あぁ、それはそうかも」
「夜は満足してる？」
「…、今は…まぁ…普通、かな」
「…ふむ。」
バベルは不意に身体を起こしてベッドから降りると、部屋のドアに手をかけた。
「あいつの泊まってる宿と部屋の番号は？」
「…？エコノミー２番館の308号だけど」
ブルーベルが答えると、頷いたバベルは裸のまま出て行った。
ブルーベルが部屋の調度品を眺めながらぼんやり待っていると、３分ほどしてバベルが戻ってきた。
部屋の扉が閉められる時、バベルの向こう側にちらりと黒い影が見えた。
「君は見た目も中身も俺の好みで楽しいから、プレゼントをあげる」
バベルは片手に液体の入った小瓶を持って、ベッドに近づいて来た。
「何？媚薬か何か？」
ブルーベルの視線が瓶を捉えていることに気付いて、バベルはそれを軽く振った。
「これはただのラブオイル」
バベルはオイルを枕元に置いてシーツを大きく捲ると、ブルーベルの両頬から耳を伝い、最後に青い髪にゆっくりと両手の指を差し込んだ。
「もっといいものをあげる」
*
疲れた身体にディアルマをかけてシャワーを浴びたヒメマルは、名水の入った大きな瓶をラッパ飲みした。帰り際、出店で買ってきたものだ。なんとかいう聖なる山からはるばる運ばれてきた由緒ある水とかいうフレコミだったのだが、とにかく水が欲しくて適当に掴んだので、詳しくはよくわからない。
飲んでみると確かに美味い－が、今は水ならなんでも美味いのではないかと思う。
ヒメマルは肩にタオルをかけ、ピンクのパジャマのズボンだけを穿いてベッドに腰掛けた。
備え付けの小さなテーブルの上には78人抜きの賞品、エメラルドのピアスが置いてある。
回復呪文の使用が許してもらえず、流石に100人まではスタミナが持たず、腕はブラブラになってしまった。
－ま、いいや。ブルーベルにエメラルド、よく似合うから。
ピアスの金具がすべてプラチナ仕立てで、丁度指輪とお揃いになるということもあって、ヒメマルは満足している。
濡れた髪をタオルで拭いていると、ドアがノックされた。
－ベルかな？
自然と笑顔になったヒメマルが腰を上げ、ドアを開けてみると、大きな黒い影が立っていた。
「…あれぇ、ロイドさんじゃない」
ヒメマルがぽかんとした顔つきになると、ロイドは呟くように言った。
「ビツィからプレゼントがあるそうだ。来てくれ」
「ビツィって誰？」
「…ブルーベルを連れて行った人だ。さあ」
ロイドに促されたヒメマルは首を傾げながら服を着替え、新しいタオルを肩にかけて部屋を出た。