49.宿

イチジョウは部屋に戻ってからすぐに-といっても、おあずけになっていたことを終わらせてから-ワードナと迷宮、親衛隊についてのことをササハラに話してみた。

「ああ…そういう噂は聞いてます」
東方のものらしい、見たことのない煙管で寝煙草しながらササハラはそう答えた。

「もしそうだとして、ササハラ君ならどうしますか?それでもワードナを-」
「はなからワードナを倒そうなんて思ったことはありません」
長い髪を掻きあげる。

「私がワードナの迷宮に潜っているのは、どこでもやっていけるだけの腕を身につけて、好きなように旅する為です。親衛隊に入る気は毛頭ないんですよ」
「ああ…なるほど」
となると、この街に滞在するのもそう長い期間ではないのだろう。
その場限りや短期間のつきあいなど何度でも経験してはいるのだが、多少物寂しいのは否めない。

「それから、旅の伴侶探し」
ササハラは口元で笑うと、イチジョウを見た。
「-伴侶、ですか」
思わず反芻する。
「その土地土地で相手を探すのも悪くはないと思うんですがね。私はどちらかというと落ち着く相手が1人居てくれる方がいい」

元々、自分とて親衛隊に執着があるわけでもない。
侍になって、あの赤竜とすら対等に渡りあえるぐらいになったら-
この男と異国の地を旅するのも悪くないかも知れない。

そこまで考えた時、イチジョウは、最初に話そうと思っていたムラマサのことをやっと思い出した。
*
ロイヤルスイートのフロントで、トキオは宿泊台帳に名前を書き込んでいた。
ずっと馬小屋でもなんとかなるような気がしていたのだが、所持金が多くなってきた今、セキュリティ的な問題を考えても部屋を取った方がいいと思ったのだ。
いつでも使えるバスルームがあるのも魅力的だし、ティーカップの部屋で見たベッドの寝心地も試してみたかった。

ヒメマルは今日も馬小屋らしい。
お洒落が好き、服が好き、という割に馬臭さには無頓着なのが少し不思議だったので、それを訊いたら、
「なんか馬小屋って落ち着くんだよね~」
という返事だった。あれで結構野生児らしい。

-ヒメマルは浴場に行ってんのかな。パーティ組んだばっかりの頃にダチの所に泊まるって言ってたことがあったから、たまにそこに行ってんのかなぁ。

改めて考えてみると、パーティの1人1人のプライベートな部分はよく知らないものだ。
迷宮に潜る理由や、親衛隊に入りたい理由をメンバーそれぞれに訊いたこともなかった。

個々がベストを尽くせばいいというEのパーティにとって、命のやりとりをする仲間に必要なのは、腕前に対する信頼だ。固い友情や親愛の情ではない。
むしろ、複雑な感情が入ることは揉め事の原因にもなるから、お互い知りすぎるのは逆に良くないのかも知れない。

-お互いのことあんま知らなくても、仕事仲間として認め合えてればそれでいい、みたいなのって、なんかカッコイイよな。大人っぽくて。
そんな子供っぽいことを考えながら、トキオはフロントから受け取ったキーについているナンバーを確認する。
「隣だな」
いつの間にやらティーカップが横にいた。
「…」
トキオは眉間を押えた。

「ロイヤルといっても音は結構聞こえるもんなんだ、変な物音や声を立てないでくれよ」
部屋への階段を上がりながら、ティーカップが言う。
「どういう意味だよ」
「自分で考えたまえ」
-…にゃろう。

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