43.転職直後
時計を見れば、訓練所に入ってから2時間と経っていないらしい。訓練所の中で経験したことや、体感した経過時間がおぼろげにしか思い出せない。
短時間で長い夢を見た後-みたいだ。
-なんか気持ち悪ィなぁ。
神経の弱い者なら病気になり兼ねないような違和感だ。
-現実味がないっていうか…夢の続き…みたいな…
トキオは頭を振ると、胸まで伸びた髪を触った。
-とりあえずこれ切ってこねえと、何言われるか…
「むさ苦しいな」
-そうそう、むさ苦しいとか、
「似合わないったらない」
「うるせえよ」
並木の方から聞こえた声の主は、やはりティーカップだ。
「これから切りに行くんだよ」
「切るのか?」
「俺だって自分で似合うと思ってねえんだよ」
「その程度のセンスはあるのか」
「お前はなんでこんなとこにいんだよ」
「通りすがりだ」
「訓練所に通りすがる用があんのか?」
「君をからかいに来た」
反論するだけ無駄な気がしてきたが、ティーカップの憎まれ口を聞いているうちに、さっきまでのそこはかとない不安感は随分和らいできたようだ。
ティーカップはトキオに並行して歩き出した。
「転職すると5年経つ、んだよな」
「ああ」
「ありゃあ、身体の年齢ってことだよな」
5年分の心の成長をした自覚は全くない。
「どうだろうな」
「俺は精神年齢21歳のままで、身体だけ26歳になったってことになんのかな」
「君が精神年齢21歳なのかどうかはともかく-」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
不満顔になるトキオを放っておいて、ティーカップは続けた。
「冒険者を肉体年齢で判断するのはナンセンスだということさ」
「…そうだな」
トキオはイチジョウに言われたことを思い出した。
「…気になってたんだけど、おま…えって、えーと…とりあえず、肉体年齢、今何歳なんだ?」
「ナンセンスだと言ったばかりなのにそれを訊いてどうするんだ」
「なんとなくだよ」
「自分で勝手に想像したまえ」
「教えてくれてもいいじゃねえかよ」
「断る」
「ケチ」
ティーカップは大笑いした。
トキオは赤くなって、少し早足になった。
ティーカップはゆったりとした足運びのままでついてくる。
コンパスの違いにまた腹が立つ。
「お前、どこまでついて来るんだよ」
「美容院まで」
「なんでついて来るんだよ」
「君をからかう為だ」
「お前は好きな子をいじめたいガキ大将か!?」
ティーカップは立ち止まると、真剣な顔になった。
やけくそ半分で出した言葉が琴線に触れたのかと、トキオは、懲りずにドキリとした。
ティーカップは己の腰に手を当てると、
首を挙げて、
見下ろすような視線で、
たっぷりと間を溜めてから-
はっきりと言い放った。
「冗談は休み休み言え」