42.読み違い

イチジョウはティーカップと少し話した後、自分も仮眠でもしようとササハラの部屋に向かっていた。

-意外とシャイなのかも知れないな。

あそこまで的外れな答えばかりだと、照れ隠しの可能性もゼロではないだろう。
そんなことを考えながら、宿に入る。

昨晩は外で泊まって来たから、今ササハラが部屋にいるかどうかわからない。
-開いてなければ、馬小屋に行くか。
…そういえば、隣に泊まっていたティーカップは指輪の分け前が入った途端に、ロイヤルスイートへ移っていった。
-私の声が大きいのに閉口したのかも知れませんねえ。

イチジョウが考え事をする時、頭の中の言葉遣いは荒いものと丁寧なものが混在している。
特にどちらかを作っているわけではなく、気分やその場の空気に合わせて好きな方を使うだけなのだが、丁寧に話していた相手に荒い言葉を出してしまった時には、「実は怖い人じゃないか」「裏があるんじゃないか」「本心がわからない」という反応を露骨にされて、敬遠されることもある。
言葉ひとつで大きく印象が変わるのは面白いものだな、と思うぐらいで、さして気にはしないが。

扉は開いていた。

部屋の中央で武器の手入れをしていたササハラが、顔を上げる。
「今日はまだ潜ってないんですか」
装備を解きながら訊くと、ササハラは目を伏せるような仕草で頷いた。
「昨晩は、どちらへ」
「街の方に行っていました」
「夜明かしを?」
酒場にでもいたのか、という訊き方だ。
「いえ、いい子がいたので一泊」
イチジョウはこういうことを隠す方ではない。
罪悪感がない為に、笑顔ですらある。
「ササハラ君もてっきり遊びに出たんだと思ってましたが」

ササハラは布を持った手で刀身を挟んだまま、しばらく微動だにしなかった。

-…もしかすると…そういうタイプじゃなかったか?

あんな強引なアプローチをしてくるから、てっきり遊び人なのだと思っていたが…
もし違うのだとすると、…この反応からして、逆に恋人一筋、いわゆる一穴主義型の可能性が高い。

-…しくじりました…かねえ。

イチジョウの目が泳ぐ。
一穴主義の人間にとって浮気する相手は言語道断、「無条件でサヨウナラ」だ。
そうとわかっていれば、外で寝てくることはなかった。
イチジョウはよく遊ぶ方だが、束縛されるのが嫌だというわけでもない。
相手がそれなりの男なら、そういう主義に合わせるのも面倒だとは感じない方だ。
だからこそ、余計に後悔の念が強い。

-そうそう会えないレベルの好みの男なのに…

自分の迂闊さに、腹の底で舌うちする。

「私は、夕刻から潜って、夜半に戻ったもので」
ササハラは刀を置いて、立ち上がった。

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