41.幸福感

「ただいまぁ~」
宿でもなんでも、待ち人のいる部屋なら"帰ってきたらただいま"がクロックハンドの習慣だ。

「ぁ、おかえり、」
本を読んでいたミカヅキが立ち上がる。
-7時まで起きてた癖に、ようやるわ。

元々ビショップだっただけあって、ミカヅキは勉強家だ。
読みたい本があればそれこそ寝る間も惜しむ。
髪を下ろして部屋着がわりのローブをはおり、眼鏡をかけて向かっているデスクには分厚い本が何冊も積んである-この状態を見て、彼を忍者だと思う人間はまずいないだろう。
-やっぱり、性に合ってへん転職させたんやろうなあ。
別に後悔や罪悪感はないのだが、こういう所を見る度にそう思う。

「、と、あの、」
言葉を繋ぐのが下手なのにも慣れてしまって、何が言いたいのか大体わかる。
「今日は1時からになったんや」
「あ、うん」
少し赤くなって、頷く。
「お前今日夕方からや言うてたな」
「うん」
「俺1時まで寝るから、枕。」
ミカヅキは嬉しそうにまた頷くと、勢いよく立ち上がってクロックハンドの服をあっという間に脱がせた。
自分もローブの紐を解いて裸になると、ひょいと抱き上げてベッドに運ぶ。

先に横たわって、自分の上にクロックを乗せる。
胸板に頬をつけてつぶれたカエルのように脱力すると、クロックはすぐ寝息をたてはじめた。
寝る時はいつもこの体勢だ。
忍者になってから、細身といえどすっかり頑強になった身体にはクロックの体重ぐらいなんでもない。むしろ、この重みがミカヅキの幸福感に拍車をかける。

よく人に、何がどうそんなにいいのか、と訊かれる。
乱暴で、口も悪くて、それが表情に現れている-クロックハンドのことを、そんな風に感じる人は多いようだ。

マゾヒストだから、きつい性分のクロックハンドが好きなのだと思われることがあるが、それは違う。
元々そういうケがあったわけではないし、今でも多分、ミカヅキはマゾヒストではない。
「きついから好き」なのではなく、「クロックハンドだから、きつい所も好き」なのだと、自分では思っている。

何事にも理詰めの性格で、恋愛は損得でする方。
勉強が面白くなり出してからは、恋愛に割く時間は無駄だと思うようになっていた。
そんな頃に、行き付けの本屋で店主ともめているクロックハンド-フィリップに初めて会って、彼が店を出たのを追いかけて、いきなりつきあってくれと言ってしまった。

あの強い衝動の原因は未だにわからない。
だから、何が好きなのだとか、どこがいいんだと言われると困ってしまう。
ビショップ仲間にひと目惚れだと言われたこともあるが、それが該当するのかもよくわからない。

目が合った瞬間、とにかく欲しいと思った。

今でもそれは変わっていない。

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