36.軍人

「存在、しないのかも知れない」
ブルーベルは添えられたチェリーでカクテルをかき回しながら、そう呟いた。
「憧れの君が?」
ヒメマルが言っているのは、もちろんあの召喚魔法の本に出ていた魔物のことだ。

「うん」
「なんでさ?」
「10階まで潜ったことがあるって言ってたから、カイルに訊いてみたんだ。"彼"に会ったことがあるか。…何度も潜ってるけど、一度も会ったことがないって言ってた」
ヒメマルは、数秒考えていたが、
「けど、この迷宮だけが魔物の住処なわけじゃあないじゃない?召喚魔法でしか現われない魔物かも知れないしね」
と、フォローした。
「それはそうなんだけど」
ベルは伏し目がちになっている。

「最近思うんだ、呼び出して…どうなるのかって。」
「でも、それは最初からわかってたことじゃない」
「…うん」
どうも元気がない。いないかも知れない、というのが余程ショックだったようだ。

「とにかくひと目会おうよ。焦がれてた相手なんだからさ」
ヒメマルがウィンクすると、
「そうだな」
ベルもフッと笑顔になった。
*
ヒメマルが馬小屋に戻った後も何となく部屋に戻る気になれなかったベルは、もう一杯カクテルを注文した。

ぼんやり店内を眺めていると、少し遠い所に座っている、例のGの戦士と目が合った。
向こうもこちらに気付いて唇をぎゅっと結ぶと、目を逸らした。

-うざいガキ。
Gの典型のような顔つきも、表情も、言うことも、一生懸命になるところも、甲高い声も、全部が不愉快で仕方ない。
特に今までそういう相手に何かされただとか、迷惑をかけられたのだとかいうわけではないから、ただ本当に自分とは「合わない」だけなんだろう。

それは自分の勝手な(生理的な、という方が正しいだろうか)いわば理由なき感情で、理不尽なものだというのもわかっているから、わざわざ相手の目の前に行って文句を言うつもりなどない。避けていればいいだけの話だ。
今までそうしてきたのに、あの戦士にはつい自ら関わってしまった。つまるところ自分が悪いのだが、それがまた不愉快だ。

-あいつには、ヒメマルが相当ひどいこと言わないと駄目なんだろうな。

軽くため息をついた時、すぐ隣に誰かの立っている気配がした。
見ると、髪の長い優男がこちらを見下ろしている。

「何か?」
見上げながら観察すると、高価そうなマントに紋章入りの豪華な鎧をつけている。
-ロード…っていうか…軍人?
王の親衛隊に入った者は、迷宮から遠ざかる者が多い。
給料を貰って城に住む彼らは、ギルガメッシュに山ほどいるガツガツした冒険者達とは、持っている雰囲気が違う。

「ちょっとつきあってもらえるか」
その男は、外を指さして言った。
「…」
何の用だかわからないが、親衛隊に逆らってもいいことはなさそうなので、ブルーベルはとりあえず立ち上がった。

男について店を出ると、同じ鎧の男が更に2人、ベルの左右についた。
どちらもかなり大きい。

誘った男が先導して歩きはじめると、左側の男が、腰に手を回してきた。
右の男はこちらを見て笑っている。

-なるほど。

ベルは下を向いて、くすりと笑った。

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