33.理由

「今、君の知力の評価はかなり低めだ」
ティーカップはワインをひと口飲んで、続けた。

「今までの君の成長速度から単純に計算してみても、忍者になるにはかなりの時間がかかるだろう。しかし君は戦士として経験を積んだ時間が大分長くなっている。初めの頃に比べて、はるかに時間をかけないと能力に変化が現れにくくなっているはずだ。そして、そうやって時間をかけて成長しても、知力はまた下がるかも知れない。
だから、一度転職してはどうかと思うんだ。新しい職業になれば、能力の変化のスパンはまた短くなる。僧侶なら、呪文を覚えられるというメリットがある分、変化の少ない戦士を続けるよりリスクは少ないと思う」

ティーカップの言葉が、淀みなく次々と流れ出る。
「…それで、なんで僧侶だ?」
拍子抜けの脱力感で半分しか頭が動いてないのを自覚しながら、トキオは訊いた。

「転職予定は、イチジョウが侍、ヒメマルがロード、ブルーベルがビショップ」
ティーカップは指折りしながら言う。
「イチジョウが侍に転職すれば、僧侶呪文を使える回数が減る。ロードとビショップがマディを覚えるのはかなり先の話だ。僧侶呪文を使える人間は少しでも多い方がいい」
少し考えてから、トキオは答えた。
「…でも、集団に効く攻撃呪文が使える奴が多いのも、良くねえかなって思うんだけど」
ティーカップの目が、またトキオを正面から捕らえた。
「ティルトウェイトか」
「…」
トキオは、無言で頷いた。
ティーカップには、これがミカヅキの影響だとわかっているだろう。少し…照れくさい。

「"僧侶のティルトウェイト"を知らないのか?」
少し呆れたような顔で、ティーカップは意外なことを言った。

「な、なんだ?それ」
「僧侶の最高レベルの呪文に、マリクトというのがある。全体攻撃呪文で、破壊力はティルトウェイトに近い。同レベルの呪文はほとんど使わないから、かなり役に立つ」
「そんなのがあんのか!?」
「攻撃、回復の両方に隙がない忍者になれるんだ。悪くない話だろう?」
*
話を聞き終えたトキオはティーカップの部屋を出て、馬小屋に向かっていた。 ティーカップの提案はもっともで、確かにいい話だ。

-でも、前衛が手薄になるな。

ティーカップはロードになりたてだし、レベルが上がって来ているとは言えイチジョウはやはり僧侶だ。そこへまた、転職したばかりの僧侶が入るのだから、当分無茶は出来なくなる。
今日の探索で、例の"プライベートエレベータ"は、ブルーリボンで本当に使えることがわかった。既にみんな消耗していたので、乗りはしなかったのだが…

-あのエレベータにもしばらく乗れないか。みんなOKしてくれっかなあ。

そんなことを考えているうちに、馬小屋についた。
ティーカップが泊まっていけと言ったが、とても一緒に寝る気にはなれなかったのだ。

馬小屋に入ると、転職のことで紛れていた…というよりは、考えないようにしていた感情が、ぶりかえして来た。

イチジョウにはササハラが、クロックハンドにはミカヅキがいる。
ヒメマルとブルーベルも仲良くやっている。
皆、転職に向けて着実に成長している。
自分はというと、どうも色々と空回りしてるようで-

ここで一人寝するのが無性に淋しくなってきて、トキオは外へ出た。

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