34.円形土砦跡にて
「眠れないんですか?」街外れの円形土砦跡-ようは、土や壁だけの、何もない大きな公園のような場所だ-で呆けていたら、イチジョウに声をかけられた。
「あれ、なんでこんなとこにいんだ?」
「夜風に当たりたくて。ここは散歩向きでしょう」
「…ああ」
「隣、いいですか」
「うん」
断る理由は特にない。
イチジョウはトキオの左側に座った。
「ティーと一緒に宿へ行ったんじゃなかったんですか」
「ああ、大事な話があるとか言うからさ」
投げやりな調子で答える。
「転職しないかってよ。僧侶になったらどうだって」
イチジョウは少し考えて、
「なるほど、もっともですね」
と答えた。
「俺もそう思う」
トキオは、傍らに生えていた長い草をちぎって、手慰みにしている。
「…告白じゃなくてがっかりですか?」
「…あのさあ」
「はい?」
「そういうんじゃないから、やめてくれよ」
「…」
そちらを向かなくても、イチジョウが笑っているのがわかる。
トキオの頬は自然とふくれた。
「ごめん。可愛くてつい、ね」
「どうせ俺はガキだからさ」
…なんだか文句の方向も内容もおかしい。
自分でもそれがわかったので、話を変えることにした。
「あの侍の彼氏は宿で待ってんの?」
「いえ、いませんねえ。ナンパじゃありませんかね」
「え?」
「ナンパですよ」
「いや、え?なにそれ、彼氏だろ?」
「そうですよ」
「…そういうの許すのか?」
「私も遊ぶ方ですからねえ」
「…」
「意外ですか?」
「…うん、まあ…」
「私の喋り方や雰囲気から、遊ぶっていうのが想像つかない?」
「…うん」
「気をつけろよ」
いつもと違うトーンに思わずイチジョウを見た。
「俺みたいな奴が一番危ないんだ。油断してると食っちまうぞ」
顔は笑っているが、イチジョウの目つきは男が男の獲物を見る時のそれになっている。
トキオは慌てた。
元々、外見で言えばイチジョウはパーティの中で一番好みなのだ。
ドキドキしてしまっている。
-ああもう、マジ、単純だ、俺-
我ながら呆れる。
「ね。そんな淋しそうな顔をされると、悪い虫が騒いでしまいますよ」
そう言うと、イチジョウはいつもの柔らかい笑みを浮かべた。