32.大事な話

まだ勘が取り戻せないでいるティーカップと、色んな意味で興奮してしまっているトキオのおかげで、イチジョウの回復呪文はあっという間に底を尽き、その日は早々に帰ることになった。

イチジョウはササハラが新しく取った部屋へ向かい、クロックハンドはミカヅキの部屋へ行った。
ヒメマルとブルーベルは、少し飲んでから眠るらしい。

ティーカップはさっさと宿の方へ歩きはじめた。
「お、…ティーカップ、おい!」
慌てて追う。

「あの…今から行っていいのか?」
「部屋をとってないんだろう?ついでにシャワーも使って行けばいい」
「あ…うん、そりゃ助かるけどさ」
「馬小屋暮らしを続けられると臭くて嫌なんだ」
「…」
*
指輪の代金が入った為だろう、ティーカップの部屋はエコノミーからロイヤルスイートに移っていた。

トキオが広めのバスルームから出ると、テーブルにキャンドルとワインが用意されていた。
ティーカップはえんじ色のガウンを着ている。
いかにもロイヤルスイートといった風情だ。少し前まで馬小屋で寝ていたとは思えない。

「酒場のより少しいい程度だが、悪くない」
二つのグラスにワインを注ぐと、ティーカップは席についた。

バスローブ姿で、このまま座って良いものかと迷ったが、他に着るものがあるわけでない。トキオは腰を下ろした。

「まずは僕の転職に乾杯だ」
「普通それ自分で言わねえぞ?まあ、おめでとうだけどよ」
言いながら、グラスを合わせて軽くあおる。

「…さて」
ティーカップはテーブルに肘をつくと、手を口元に添えるようなポーズでトキオをじっと見つめた。
「…」
トキオは姿勢を正した。

「落ち着いて聞いてくれ」
こくりと頷く。

「イチジョウが、訓練場の時間の流れが普通とは違うという話をしてたろう」
「…ああ」
「朝入って、出てきたらまだ今日の昼だったが、中にいた僕の体感時間はとても長かった」
「…うん」

「その長い時間…、訓練場にいる間ずっと…君のことを考えてた」

一度。大きな音を立てると、トキオの心臓は早鐘のように鳴りだした。

「トキオ」

「…う、うん?」

「今更こんなことを言って、受け入れてもらえるかどうか…わからないんだが…」

ティーカップは静かに言いながら、手元のグラスのワインに視線を落とす。

「…」

「僕は、珍しく真面目に考えたんだ」

「…な…にを?」

「君…」

ティーカップは顔をあげると、極めて真剣な声で言った。


「僧侶にならないか」

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