31.平手

「すげ…」
今の何だったんだ、とトキオが続けようとした時、後ろで舌打ちが聞こえた。
死骸を避けながら、クロックハンドが忍者に近づいていく。

その時初めて、忍者がミカヅキなのだとわかった。

クロックハンドがミカヅキの真正面に立つと、隅々まで気の張り詰めていた彼の立ち姿が、糸を切ったように緩んだ。
「ひとりか?」
クロックの声は、苦々しさを含んでいる。
ミカヅキが頷くと、クロックハンドはそれこそ殴り倒すような勢いで、頬を張り飛ばした。
「どあほ!!1人で潜るなて言うてんのがわからんのか!!何を調子に乗ってるんや!!」
怒気を含んだ声は、パーティの所までよく聞こえる。

「ここには忍者の集団が出るんやぞ!?1人で歩いてて首飛ばされたらどないする気や!!思い上がんな!」
もう一度、逆の頬に平手が飛んだ。
「とっとと帰れ!!」
怒鳴って、クロックハンドはパーティの方-エレベータ-を指差した。
ミカヅキは、謝っているのか頷いているのか、何度か頭を下げてからトボトボとこちらへ向かってきた。
道を開けるトキオ達に軽く会釈をしてエレベータのボタンを押すと、ミカヅキは(おそらく1階へ)転送された。

クロックハンドがこちらへ戻ってきた。
「お見苦しい所をお見せしましてえ」
困ったような笑顔で言う。
「愛情ですねえ」
イチジョウが微笑む。

確かに、1人歩きを諌めた理由は愛情に違いない。
忍者に首を飛ばされでもすれば、誰かが見つけてくれるまで、迷宮の中に転がっていなければならないのだ。

ミカヅキはマゾだというから、あの叱り方も愛情のたっぷりこもったものなのだろう。
そのケがないトキオにはよくわからない感覚だが。

「今の、ティルトウェイト…だよねえ」
ヒメマルの言葉に頷いて、ブルーベルはクロックハンドの方を向いた。
「…彼は、魔術師あがりなのか?」
ベルが訊く。
「ううん、ビショップあがり」
「ええ!?」
「うそ!?」
ベルが、今まで聞いた中で、多分一番-大きな声をあげた。ヒメマルの声は、裏返っている。

「ビショップでティルトウェイトまで使えるなら、相当の経験積んでたんじゃないの?そこまでいってて普通忍者に転職する!?」
「つきあってくれて言われた時、あいつビショップやってん。そんで俺、体ヒョロイ奴なんか嫌やーて言うたんやわ、そしたら転職する言い出してなー」
「ひえええ、愛の力!?」

皆の会話を頭の隅で聞きながら、トキオは少し興奮していた。

-あの爆風、ティルトウェイトの余波だったのか。

手刀でドラゴンの首を飛ばし、最高の攻撃魔法で瞬時に全滅させたミカヅキの鮮やかな手際には、素直に強い憧れを感じた。

-すげえ。

胸が高鳴っている。顔が熱い。

なりたいと言ってる者が他にいないから、忍者になろうと思っていた。
…しかし今トキオは、自分の望みとして、はっきり忍者になりたいと意識した。

-カッコ良すぎる…

「トキオ」
ティーカップが耳元で、トキオだけに聞こえるぐらいの声で呼んだ。
「、え、っ、?」
慌てて顔を向けると、まともに目が合った。
興奮で顔が熱いのに自分で気付いて、照れ臭くなる。

「…トキオ」
ティーカップは、目を逸らさないでもう一度言った。

「大事な話がある。今晩、僕の部屋へ来い」

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