361.逆

-結構降ってるけど、雨だけっぽい、かな。
窓から顔を出して空を見上げていたトキオは、雨戸を閉めた。
バスローブ姿のティーカップは、今日もテーブルを占領して、剣の手入れをしている。
ランプの光にうっすらと照らされているティーカップをしばらく眺めてから、トキオはベッドに腰を下ろした。
「お前はさぁ、何やってても絵になるな」
素直に感想を口に出すと、ティーカップは目を上げて軽く笑い、流れるような動きで剣を鞘に収めた。
「終わりか?」
「ああ」
返事を受けて、トキオはいそいそとベッドに潜りこむ。
ほどなくして、パジャマに着替えたティーカップが入ってきた。

トキオはいつものように抱き枕役になろうと構えて待っていたが、ティーカップは枕に頭を乗せて、そのまま仰向けに寝転んだ。
-あ、今日は普通に寝んのか。
トキオが思った時、天井を見上げたままのティーカップが右手を少し上げた。トキオに向けた人差し指をくいくいと折り曲げて、呼ぶような動きをする。
「?」
その動作が何を意味しているのかよくわからず、トキオがきょとんとしていると、ティーカップは横目でトキオを見た。
「たまにはここで寝てみるか?」
そう言って、ティーカップは自分の左胸にトントンと手をあて、ゆっくり腕を広げた。
「…あっ、え?俺が」
トキオは肘をついて上半身を起こし、ティーカップの胸板を指差した。
「っそこで寝んの?いっつも寝てる時の、俺とお前が逆みたいな!?」
「嫌なら無理にとは」
「うぅうぅん、嫌じゃねえ!」
頭を振って全力で否定すると、トキオはティーカップににじり寄った。

「…えっと、んじゃー…」
トキオはそろりと頭を乗せてみる。
「…お、重くねえ?」
「別に」
ティーカップは、左腕全体でトキオの頭を抱いた。
「ぅわ」
トキオは肩を縮めた。
「また何を緊張してるんだ」
トキオの体が固まっているのに気付いて、ティーカップが言う。
「や、なんか、なんかなぁー。照れ臭いっつか…」
もごもごとトキオが言っていると、ティーカップは体を横に向け、長い両腕の中にトキオの頭と背中を包み込んだ。
「ふっわ」
トキオがおかしな声を出す。
「やべ、やっべえこれ」
「どうした」
「や、ちょマジでこれ、やべえ、」
「何が」
「すっげ幸せ」
ティーカップは声を立てて笑った。
*
夜のパーティとの探索を終えて地上に戻ったイチジョウは、雨の中、診療所へ一直線に走った。
雨よけに使ったマントを軽く絞ってドアを見ると、いつもの看板がかかっていなかった。雨戸がぴっちりと閉められた窓からは、部屋の光も漏れてこない。
-寝てなければいいんだが。
潜る前にアポは取っておいたが、忘れられているかも知れない。
小さな不安を抱きながらノックして、ノブに手をかけると、軽く回った。

「ああ。鍵を閉めて、こっちに来て」
診療室から声がした。
言われた通り、入り口のドアの鍵をかけると、部屋の壁に膜のような青い光が一瞬だけ走った。
何の仕掛けかと見回しながら診療室に入ったイチジョウに、
「面倒なんでね、鍵を閉めると音が漏れなくなるようにしたんだ」
バベルが解説する。
「ま、座って」
バベルがタオルを投げてよこす。イチジョウは濡れた部分を軽く拭くと、患者用の椅子に腰を下ろして、装備をはずし始めた。

「それで、相談っていうのは、何」
除装を終えたイチジョウに、バベルが尋ねる。
イチジョウは座りなおし、姿勢を正して言った。
「単刀直入に言えば、私を追い回している連中を諦めさせる方法はないか、という相談です」
「なんだ」
バベルは拍子抜けしたような声を出した。
「え?」
「ササハラの居場所を教えてくれっていうんじゃないのか」
「そ…訊けば教えてくれるんですか!?」
「ううん」
「…」
イチジョウは肩を落とした。

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