360.授業料

酒場の入り口には、雨の中、帰る方法を思案する人達が溜まっていた。
「相合傘するにはちっさいからさ、ベルが差してくれる?」
今日もきちんと鎧を着て迎えに来たヒメマルは、そう言ってブルーベルに傘を渡した。
「俺が差すの?」
「うん」
ヒメマルは笑ってブルーベルの背に腕を回すと、いわゆるお姫様抱っこの形で、ひょいと抱き上げた。
ブルーベルは周囲の人に当たらないように気をつけながら、傘を広げた。
二人の全身をカバーするのはとても無理なので、頭だけは濡れないようにと位置を調整する。

ブルーベルは、歩き出したヒメマルを見上げた。
「どうせシャワー浴びるんだし、濡れて帰った方が楽じゃないか?」
「そうだけど~、こういうのってロマンチックじゃない」
「ヒメはロマンチック好きだなー」
「好きだよ~」
「重いだろ」
「平~気」
ヒメマルは軽い足取りで進んでいく。
「…ヒメさ」
「なに~?」
「ヘスのこと、好きになったりしない?」
「えぇ?なんでえ?」
ヒメマルは目をしばたかせ、抜けた声で問い返した。
そんなことは全く考えたことがない、という表情だ。ブルーベルは少しほっとして、続けた。
「だって、ヘスってなんか…ちょっと変わってそうだし、色んなこと知ってそうだし」
「それは、ベルの好きなタイプじゃないの~?」
「…そっか」
ブルーベルはふっと息をついた。
「心配しなくても、俺が好きなのはベルだけだよ~」
ヒメマルは嬉しそうに笑う。
「別に俺はぁ、」
ブルーベルは抗議するようにヒメマルを見上げて、
「…まぁ、うん」
頷くように顔を下ろした。

「でも、ベルがヘスさんのこと気にしてるなら、授業料のこと、ちょっと考えなきゃいけないかなあ」
「授業料?」
「楽器が使えるようになったら、ヘスさんに授業料払うって言ったでしょ」
「うん」
「その授業料っていうのがね。ベルなら気にしないと思ったから、言わなかったんだけど」
「何、早く言えよ」
「エッチしようって」
「はあ!?」
腕の中で勢いよく体を起こしたブルーベルを落としそうになって、ヒメマルは慌てて抱きなおした。

「やるって言ったのかよ!!」
ブルーベルは全身を使って怒りをぶつけてくる。このまま歩くのは難そうだと判断して、ヒメマルは足を止めた。
-これは、妬いてくれてるのかな~。
平気で人と寝るブルーベルが怒ることに矛盾は感じるものの、やはり嬉しい。
「あのね、」
「なんだよ!!」
「ベルも一緒にって」
「…」
ブルーベルはぴたりと動きを止めた。
「…3人で?」
「うん。だめ?」
「…」
腕から飛び出しそうだったブルーベルの体から、力が抜けた。もう一度抱きなおして、ヒメマルは歩き始めた。

ブルーベルは俯いて、しばらくじっと何かを考えていたが、
「ヘスって、両性具有なんだよな」
と呟いた。
「そうだよ~」
「3人って、誰が…どういう風にすんのかな」
ブルーベルの頭の中は、性的好奇心に満ちた想像でいっぱいになっているようだ。
「授業料、それでいい?」
「…」
ブルーベルが上目遣いでヒメマルを見上げ、小さく頷く。
さっきまでとは打って変わって、頬に喜色を浮かべている現金さに、ヒメマルは思わず笑いを漏らした。

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