362.第三者

「追っかけてきてる連中、えー…、ショウジョウだっけ?何やっても諦めそうにないの?」
バベルが言う。イチジョウは気を取り直して、顔を上げた。
「はい」
「君がどこに行こうと追いかけ続けるって、ササハラも言ってたね」
「ええ。そういう集団です」
イチジョウは頷き、
「自分でも色々と考えてみたんですが、有効な対策が浮かばないんです」
真剣な顔で言った。
「あなたなら、私では思いも付かないような方法をご存知ではないかと思って、伺いました」
「…ふぅーん」
バベルは顎に手を当てた。
「私にとっても彼らにとっても不毛なこの追いかけっこを、終わらせる方法はないものでしょうか」
しばらく思案の間を置いてから、バベルは答えた。
「まあ、何か考えてみようか。最近、暇だしね」
「ありがとうございます!」
イチジョウが開いた両膝に手を置き、深く頭を下げると同時に、バベルの背中側のドアが開いた。

「ビツィ~、腹が減らな」
言いながらドアの向こうから顔を出した青年が、イチジョウを見てきょとんとした。
イチジョウは、出来る限り内密にしたい相談をしている時に、屋内に第三者がいたという事実に呆然としている。
「人が来るって言ったよね」
バベルが青年に言うと、
「言ってたっけな?」
青年は、大したことでもないかのように言った。
「君も一緒に話を聞くかい」
バベルがそんなことを言い出した。
「何だ、面白いことか」
青年は部屋に入ってきて、診療用のベッドに腰を下ろした。
同席に異議を唱えようと、イチジョウが口を開きかけた時、
「この男は、ネクロマンサーのジョイ」
バベルが言った。
「…、!」
一拍置いて、イチジョウは目の前の人物が何者であるかを把握した。

「彼が…」
イチジョウは、目の前の青年をまじまじと見つめた。
ササハラをアンデッドにしようとして、結果的に助けてくれた男だ。
死人使いというのは、暗い色のローブを着て、死人のように青ざめているか、土気色の顔をしているものだと思っていた。
目の前にいるのは、黒いシャツに濃灰のスリムパンツという、どこにでも居るようないでたちで、健康的な色白の青年だ。
瞳の位置がわからない真っ黒な双眸だけが、多少それらしい。
「この人は誰」
ジョイは足をぶらぶらさせながら、イチジョウを眺めている。
「この人はイチジョウ氏といって、今ちょっと面倒な問題を抱えてる。解決するのに知恵を貸してみないかい」
「秘密厳守で…、お願いしたいんですが」
イチジョウが控えめに付け加える。
彼なら事情もある程度わかってくれているし、ネクロマンサーという未知の職業ならではの、思いもよらぬ案を出してくれるかも知れない。しかし、出来上がった作戦を他言しないという保障はない。
「ジョイはほとんど人と話さないから、大丈夫だと思うけどね」
「友達いないからな」
ジョイがけらけらと笑う。
「心配なら、あれ飲もうか?」
ジョイは立ち上がって、薬棚を勝手に物色しはじめた。

「これだっけ」
バベルが頷くと、ジョイは紫色の液体の入ったビンを持って、戻ってきた。
「とりあえず、一年ぶんぐらいでいいか」
言いながら、ビンにかぶせてあった目盛りつきのカップに、液体を注いでいく。
「あの、それはなんでしょうか」
イチジョウの問いに、バベルが答える。
「声が出なくなる薬だよ」
「まっ、」
イチジョウは思わず立ち上がって、ジョイの両手首を掴んだ。
「待ってください、そこまでは!!」
「いいの?」
ジョイが言う。イチジョウが何度も頷く。
「そっか」
イチジョウの指が緩むと、ジョイはビンの狭い注ぎ口に、そろそろとカップの液体を戻しはじめた。
「こぼさないでね」
「わかってるよ」
バベルとジョイのやりとりを横目に、イチジョウは蹴倒してしまった椅子を立てると、座りなおした。
「さて。じゃあ、今ある情報を全部書き出してみようか」
バベルが机から、紙を取り出した。

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